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一 無銭飲食
卯月(四月)初旬。晴れの日の夜。
「持ち合せが無いから付けにしてくれ」
若い小侍三人が店の土間の飯台でさんざん飲み食いした挙句、刀の柄に手を掛けて腰かけから立ちあがり、主を睨みつけた。三人はこれまでに何度も同じ手を使って飲み代を踏みたおしていた。
ここは馬喰町で朝から店を開けている居酒屋の角源だ。店には博労や大工や佐官たち馴染み客が大勢いた。客たちは土間の腰かけから立ちあがって小侍たちを取り囲んだ。
「ここは江戸市中だ。大名屋敷じゃねえ。
おめえらの言い分が、ここで通ると思ってるのかっ。
何度も只で飲み食いしたおめえらを、儂らがすべて見ていたぜっ。
北町奉行所に突きだしてやるっ」
馴染み客の博労や大工や佐官が小侍たちを諫めた。
「武家に向って無礼なっ。手討ちにしてやるっ」
小侍たちは無銭飲食を棚に上げ、客たちを相手に刀の柄を握った。
「武家だろうと馬喰町は江戸市中だあっ。騒動を起こせば町奉行所が裁きを下すぜっ」
只で飲み食いして、銭を払えと言ったら、手討ちにするのが武家かっ。
盗っ人と同じじゃねえかっ」
「何だとっ。言わせておけばいい気になりおってっ。手討ちにしてやるっ」
「それはこっちの台詞だっ。町人相手に刀を振りまわす気かっ」
「うるさいっ、無礼討ちにしてやるっ」
「その屁っ放り腰で、斬れるもんなら、斬ってみながれっ」
小侍たちが刀を抜いた。客たちとの間合いも考えずに闇雲に刀を振りまわしている。
客たち博労や大工や佐官は、仕事柄、距離感が優れている。いとも容易く小侍の刃風を躱し、
「源さん。あとで修繕すっから、安心しなせえよ」
角源の主に声をかけて、次々に店の腰掛けと飯台を小侍に投げつけた。
店の腰掛けと飯台を全て投げつけられて、小侍たちは身動きできなくなった。刀を取りあげられてこてんぱんに叩きのめされ、夜にも関わらず北町奉行所へ突きだされた。
北町奉行所の夜通しの詮議と吟味の結果、小侍たちは、小石川にある水戸徳川家上屋敷の下っ端役人の小倅と判明した。北町奉行は、小侍たちが江戸市中で度重なる無銭飲食を行ない、挙句に刀を抜いて町人を襲った咎を認め、いったんは小侍たちに裁きを下したが、後の揉め事を避けるため、裁きを評定所に委ねた。
評定所から小侍たちに裁きが下った。小侍たちに、これまでに踏み倒した飲食代と店の修理代の支払いが命じられ、小侍たちは三十日の押込みの刑(自宅軟禁、外出禁止)に処せられた。
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