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「どどど、どうし」
「……名詞、形容詞?」
ちっがーう!
マーリン様、何で今の状況に単語の役割の品詞の話が関係するんですかっ!
私は生まれつきドモり癖を持ち、日常会話にすら支障が出るポンコツだ。緊張すると余計そうなってしまい、
『どうしてこうなった』
今だって、そう言おうとしたのだ。
「呪文詠唱に品詞は重要」
そう口にする天才宮廷魔導士、マーリン・エムリス様。
確かにそうかもしれないですけど、その会話まだ引っ張ります?
相変わらず感性が独特と言うか空気を読まない人だなあ。
そもそも今から何をしにいくのか、本当に分かってます?
「……何をしに行くんだっけ?」
……本当に分かってなかった!!
あの、大型魔獣退治ですからね!
あなたが立候補して、何故か私まで行くことになっちゃいましたけど。
「ああそうだった。
でも大丈夫」
何が大丈夫なもんですか、そりゃマーリン様は天才魔導士ですから大型魔獣の十や百は楽勝でしょうけど。
「魔獣百体は僕でも厳しいかなあ」
ものの例えですって!本当に相手にしなくてもいいですし、多分その数で襲いかかれたら相手する以前の問題で都市一個無くなりますよ。
と、ドモり症の私がマーリン様と普通に会話出来るのは、彼が心を読む魔法を使っているからだ。
会話が不自由なだけで、考えまでドモってる訳じゃないですからね私。
「大丈夫なのは君もだよ、テロル・ディエーグァ」
とマーリン様。
……ええと、私の何が大丈夫だと?
「本気を出した君なら、魔獣くらい楽勝でしょ」
凄えな私の本気。
問題はいつお目にかかれるかですけどね。百年後?千年後?
「普通の人間はそんなに生きてない」
ええ分かってます、だから絶対無理でしょって自虐皮肉だよ解れ。
「本当にロルはマー君と仲が良いな」
と会話に割り込んでくるのは私の姉でこの子爵領の騎士団長を務めるユチロ・ディエーグァ。
「同性殺し」の別名を持つ男装の麗人でもあり、姉の虜になった女性の総数は両手でも足りないくらいだ。
ちなみにマー君はマーリン様、ロルというのは私テロルを呼ぶ時の、姉なりの愛称である。
そしてツッコミしてるだけで仲良く思われるのは、喜んで良いやら悪いやら。
そして私達の前に現れた魔獣は、見上げるほどの大きさの巨大狼。
そしてデカい口の側面に、目立つ三本の傷。
「あれは、ひょっとして“三本傷のフェルマータ”?」
「よく知ってるなマー君、この地方の人間しか知らないようなマイナーな伝承だぞ?」
マーリン様の発言に姉が感心する。
三本傷のフェルマータ。
私が生まれる前に領内に甚大な被害をもたらした天災のような存在で、硬い体毛で普通の物理攻撃が通らない騎士泣かせの魔物でもある。
「うん、僕の持ち帰りたい魔物リストに入っているからね」
と平然と口にするマーリン様。
退治するだけでも難易度高いのに、捕獲を御所望ですと!?
「だから、彼女と出会ったら使うつもりの魔法も用意済み」
え、あの魔物メスなの?
というか、そんな久々に会った恋人みたいな言い方をされてもだな。
「……じゃ、よろしくね」
「え、ちょちょちょちょ待っ!?」
私にその魔法を唱えろと?
「例によって途中までは詠唱済み。
君に唱えてもらうのはコレ」
と、渡された呪文の書かれた紙だが、この文言からだと何の魔法なのかサッパリだ。
なんとなく攻撃系ではないような気がするんだけど。
「正解だね、なるべく無傷で捕獲したいし」
という事は、動きを封じる拘束系かなあ。そして無言の圧を視線でかけてくるマーリン様と姉。
ああもう、やりゃいいんでしょやりゃあ!!
「ええと、『そ、その身より……』
ヒャイン!?」
また背後から抱き付き系ですか。
流石に前回で慣れたので、そんなにドキドキは……って、ちょっと!
「呪文が、お留守だよ。続けて?」
お留守だよ、じゃねーんですって!
耳元に息吹きかけるのと、囁くの禁止!
……ああもうっ!
『天に与えられしッ!ものォ、を上書きスウゥぅぅぅ!!』
最後は私の絶叫のような詠唱で、巨大狼が光に包まれた。そして、その結果どうなったかを私は確認できなかった。
また魔力切れで意識を失ってしまったから。
再び意識が戻った時。
「がう?」
起き上がると目の前には一人の少女。
一枚の布切れで出来たような簡素な服をまとっている。
「ああ、気づいたか」
とマーリン様。あの、ここって私の寝室ですよね?見慣れた部屋の間取りが。
「うん、魔力切れでさっきチロチロがベットまで運んできた、お姫様抱っこで」
それは何というか有り難いやら、私を持ち上げられる筋肉質な姉にツッコミを入れるべきやら。
で、マーリン様。この見慣れぬ少女は?
「三本傷のフェルマータ」
……はい?
「だから、三本傷のフェルマータだって。
君がさっき唱えたのは魔物を人化する魔法だ」
えっ、えええええええっ!?
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