14人が本棚に入れています
本棚に追加
「殿は今日も城下へ行かれたようだの? 恒興」
「はい……」
平手政秀は信秀の代には家老を務め、信長の誕生後は、林秀貞らとともに信長の傅役となり、那古屋城の台所も預かったという。
信長の元服を仕切り、彼の初陣を後見もしたという。
聞けばその初陣は、信長勢およそ八百騎に対して敵の今川勢は二千騎だったという。
政秀は兵力の差を心配して、他の家老たちと共に信長の無謀な攻撃に反対をしたという。
だが、そんなことに聞く耳を持たないのが信長である。信長は自ら軍を指揮して出陣し、敵陣のあちこちに火を放ったらしい。そして、その日はそのまま野営して、翌日にはしれっと那古野城に帰陣してきたという。
美濃との和睦に奔走したのも、今川との停戦を朝廷に働きかけたのも政秀である。
だが――。
「亡き大殿はよく言われておられた。この尾張から争いをなくし、三奉行としての責任を果たしていくと。だが今となっては、それはもう叶わぬ。この目で大殿の夢が実現するを見届けたかったが、わしはもう年じゃ」
疲れた顔で嘆息する政秀を、恒興は宥めた。
「そのようなことはございませぬ」
最初のコメントを投稿しよう!