第十六話 無念! 伝わなかった想い

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「殿は今日も城下へ行かれたようだの? 恒興」 「はい……」  平手政秀は信秀の代には家老を務め、信長の誕生後は、林秀貞らとともに信長の傅役となり、那古屋城の台所も預かったという。  信長の元服を仕切り、彼の初陣を後見もしたという。 聞けばその初陣は、信長勢およそ八百騎に対して敵の今川勢は二千騎だったという。  政秀は兵力の差を心配して、他の家老たちと共に信長の無謀な攻撃に反対をしたという。  だが、そんなことに聞く耳を持たないのが信長である。信長は自ら軍を指揮して出陣し、敵陣のあちこちに火を放ったらしい。そして、その日はそのまま野営して、翌日にはしれっと那古野城に帰陣してきたという。 美濃との和睦に奔走(ほんそう)したのも、今川との停戦を朝廷に働きかけたのも政秀である。 だが――。   「亡き大殿(おおとの)はよく言われておられた。この尾張から争いをなくし、三奉行としての責任を果たしていくと。だが今となっては、それはもう叶わぬ。この目で大殿の夢が実現するを見届けたかったが、わしはもう年じゃ」  疲れた顔で嘆息する政秀を、恒興は(なだ)めた。 「そのようなことはございませぬ」
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