第六話 尾張が抱える火種

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 上段の間で腕を組む信長に向かい、敬語も(はぶ)いて呼び捨てにする男が最初に口を開いた。  名を織田信広(おだのぶひろ)――、信長の異母兄(いぼあに)にして三河・安祥城主(あんじようじようしゆ)である。  本来は信広が弾正忠家の長男だが、彼の母は信秀の正室ではなく側室で身分が低かった。このことにより、後室(こうしつ)(※次に正室となった人)・土田御前が産んだ信長が嫡男となった。  弾正忠家の跡取りの座から外れたわけだが、信広はあっけらかんとした性格で、大事が起きても騒ぐでもなく、冗談を言う余裕をみせる人物であった。  信広が三河・安祥城主となったのは、天文九年のことだという。  もともと安祥城は三河・松平家の居城だったが、信秀が三河侵攻の折に落城したという。  信長は黙って、目の前のものを睨んでいる。  そこには、黒漆塗りの箱と猫の死骸(しがい)が横たわっている。  金蒔絵の織田木瓜紋が蓋に描かれているあの、箱である。  ときは――、この一刻前に(さかのぼ)る。
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