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いつものように那古野城下を馬で巡っていた信長と恒興は、日暮れ前に帰城した。そこに現れたのが、信長の異母兄・信広である。
「相変わらずだな? 吉法師」
幼名で呼ばれ、信長は渋面である。
「――その名で呼ぶのはやめていただきたい。異母兄上」
「俺にとってはお前は昔と変わらん。そのお前が、嫁を迎えるとはな」
「嫌味をいいに、わざわざお越しに?」
さすがに、兄の前では敬語になる信長である。
「これでも祝っているんだぞ? まったく素直じゃないな」
「顔も知らぬ女子を嫁にしろといわれて、喜べますか?」
「確かに。相手は美濃の蝮の娘だってな? しかも、この尾張は火種が燻っている。いや、もう火がついたかも知れんな」
意味深な物言いに、恒興は嫌な予感がした。
昔から彼の嫌な予感は、よく当たった。
父・池田恒利が亡くなるときも「もう保たない」と予感がした。そしてその通りになった。恒興、三歳のときである。
広間に行くと、黒漆の箱がひっくり返され、黒猫が嘔吐した姿で死んでいた。
「あれは……っ!」
思わず叫んだ恒興に、信広が口の端を吊り上げた。
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