第六話 尾張が抱える火種

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 いつものように那古野城下を馬で巡っていた信長と恒興は、日暮れ前に帰城した。そこに現れたのが、信長の異母兄・信広である。 「相変わらずだな? 吉法師」  幼名で呼ばれ、信長は渋面である。 「――その名で呼ぶのはやめていただきたい。異母兄上(あにうえ)」 「俺にとってはお前は昔と変わらん。そのお前が、嫁を迎えるとはな」 「嫌味をいいに、わざわざお越しに?」  さすがに、兄の前では敬語になる信長である。 「これでも祝っているんだぞ? まったく素直じゃないな」 「顔も知らぬ女子(おなご)を嫁にしろといわれて、喜べますか?」 「確かに。相手は美濃の蝮の娘だってな? しかも、この尾張は火種が(くすぶ)っている。いや、もう火がついたかも知れんな」  意味深な物言いに、恒興は嫌な予感がした。  昔から彼の嫌な予感は、よく当たった。  父・池田恒利が亡くなるときも「もう保たない」と予感がした。そしてその通りになった。恒興、三歳のときである。  広間に行くと、黒漆の箱がひっくり返され、黒猫が嘔吐(おうと)した姿で死んでいた。 「あれは……っ!」  思わず叫んだ恒興に、信広が口の端を吊り上げた。
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