第六話 尾張が抱える火種

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 だが長良川まで来たのはいいものの、これから先は誰にも見つからぬというわけにはいかない。 「おい、お前」  背後から掛かった声に、彼女の肩が跳ねる。 「え……」 「見かけぬ顔だな? 何処の者だ?」  振り返った先にいたのは、小袖に肩衣という何処かの家臣のようだ。 「……私は(かえで)という旅の者にございます」  そう彼女が名乗ったが、ますます不審がられた。 「旅の者だと……? 男の姿などしおって、怪しいやつめ」  楓は咄嗟(とつさ)(ふところ)に手が伸びた。  そこには、黒漆に蝶の模様が描かれた懐剣が忍ばせてある。  今ここで捕まるわけにはいかない。なんとしても生きて、美濃へ戻らばならない。 不意に、楓の(からだ)が後ろへ強く引っ張られた。 「こいつは、俺の連れだ」  男は楓を抱き寄せるとそう言った。  楓に連れなどはいない。美濃・稲葉山城から一人で馬を駆けさせてきたのだ。 「え……」  楓は男を斜め下から見上げた。  身長は、楓の頭一つ高い。歳は楓と変わらなそうに見える。おそらく十代後半。
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