14人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
第七話 波乱を報せる北の風
その日――、近江国・某所にて二人の男が向かい合っていた。
室内は質素で、黴の臭いが鼻を突いた。
「――愚かな男よ」
主座にいた男は、美濃から届いたという一通の書状に目を通し終わると、ため息とともに呟いた。
「お館様、書状にはなんと?」
「道三の娘が明日、この尾張に輿入れしてくる」
「お館様、これは千載一遇の機会かと存じ上げます」
お館様と呼ぶ相手に、男は力なく答えた。
「わしはもう、お館様ではないぞ? 蝮に噛みつかれ、美濃を追い出された男ぞ」
「いいえ、頼芸さまは美濃の正当な主にございまする」
美濃守護大名・土岐頼芸――、彼は天文五年、勅許により美濃守に遷任され正式に守護の座に就いた。
しかし天文十年、重臣の斎藤道三が頼芸の弟・頼満を毒殺する事件が起こり、これ以降は道三との仲が険悪となり、次第に対立することになった。
それから一年後、頼芸は子の頼次ともども道三により尾張国へ追放された。
最初のコメントを投稿しよう!