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信長はこの日も、緋と鬱金色からなる小袖を片肌脱ぎにした姿で那古野城下にいた。
山から吹き込む北風は肌をさす冷たさだが、信長はなんのそのである。
この頃の城下の者は彼が、那古野城主であることも織田信長だということも知らない。
那古野城主・織田信長がとんでもないうつけだとは知っているが、その顔は知らないという意味でだ。まさか城主が民に混じり、城下を闊歩しているのは思っていないである。
ゆえに――
「吉法師」
そう呼ばれて、信長は振り返った。
「よぉ、三助。稼いでいるか?」
三助と呼ばれたのは城下で小銭稼ぎをしているという少年である。
この少年も、信長の素性は知らないらしい。
信長曰く、最初に城下に繰り出したときに知り合ったらしく、勝手に織田家家臣の息子だと思いこんでしまったらしい。
「いや、全くだな。せっかく南蛮船からちょろまかしたってぇのに」
その言葉に、信長に付き添っていた恒興の声が裏返る。
「ちょろまかしたぁ~!?」
声が大きいぞ。勝三郎」
信長に咎められたが、盗んだと軽く言われて平気でいろというのが無理である。
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