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万が一のこと――、それは尾張が和睦など望んでおらず、美濃攻めを諦めていないという意味なのだろう。帰蝶を人質に、道三に降伏を迫る――、この婚礼は尾張が仕組んだものだとすればそれもあるかも知れない。
――そなたが、男であったなら……。
いつであったか、道三がそう呟いた。
そう男であれば、戦で充分に戦える。家のため、国のため、そして主のために。
女はいつだって、政の駒。
顔も知らなければ、どんな性格なのか知らぬ男に嫁げと言われれば、嫁がねばならぬ。
それが家のため、果ては国のためならば、本人の意思などお構いなしに。
帰蝶はそれを恨んだことはないが、彼女の心のなかに一人の男が住み始めた。
二度の婚姻を結んだ帰蝶だが、夫であった男に帰蝶は抱かれたことはない。まだ十、二の子供だったせいもあるかも知れないが、帰蝶は今や十五歳、女として芽生えつつある想いは複雑である。
――これなら、尾張に行くのではなかったわ。
帰蝶は懐から懐剣を取り出して、視線を落とす。
黒漆に蝶の金蒔絵が施された懐剣――、道三から贈られたものだ。
そんなときである。
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