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ただそのときは、彼の言っている意味がわからなかったが。
この那古野城内でも、信長の素質を疑う家臣がいる。
信秀公の跡継ぎは、末森城の信行にすべきだと――。
信長を探すため書院を出た恒興は、城門まできて思わず顔を顰めた。頭になにか硬いものが当たったのだ。
落ちているのは、柿である。
熟していれば頭が大変な事になっていたが、那古野城の城門に柿の木などない。
不審に思って視線を上げて、思わず絶句した。
塀の上に、柿を齧る風変わりな少年がいた。
片肌脱ぎにした緋色と鬱金色を中間で暈かし染めた小袖、長い髪を括る紅の組み紐という傾奇者だ。しかし、その人物は塀に乗っていようと恒興の立場では怒れる身分ではない。
「の、信長さまぁ!?」
「よぉ、源三郎」
ありえぬ登場の仕方に呆気にとられつつも、恒興は必死に言葉を絞り出した。
「よぉ、ではありませぬ! そのような所でなにをされておられるのですか……!?」
「なにって、これから河へ行こうとしてだけだが」
要は、いつものごとく脱走であろう。
「信長さまはこの那古野城の主にございます」
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