第十話 宿敵! 今川義元

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 信長の勧めに恒興は軽く頭を下げると、彼も広間を辞した。 ◆◆◆ 「私はまだ――、殿の命を隙あらば狙うものなのでございましょうか?」  恒興が出ていくと、帰蝶がそう言って柳眉(りゆうび)を寄せた。 「誰かに、言われたか?」 「いいえ、そうではありませぬが……」  恒興が何を言おうとしたのか、信長にはわかっていた。  帰蝶が信長を殺そうとするのではないか、干し柿には毒があるのではないかと。  主君を護るのは家臣の務め。主君が間違っていれば(いさ)めるのも家臣の務め。そのことは、うつけと言われている信長にも充分わかっている。  和睦を結んだからと、斎藤道三が気を許したかどうかはわからない。ゆえに恒興は警戒したのだろう。さすが帰蝶も、恒興の態度を察したらしい。 「お前はどうなんだ? 帰蝶。今でも俺の首が欲しいか?」 「こちらに嫁ぐ以前、そう思っておりました。私は斎藤道三の娘、斎藤家のためならばと犠牲になるのも(いと)わぬと生きてまいりました。ただ、私は女。戦場で功績を挙げることは叶いませぬ」  正直に肚を明かす帰蝶に、信長の帰蝶への警戒はない。 「道三のことが、好きなんだな」
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