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男は最初眉を寄せていたが、吉法師と目が合うと慌てて視線を逸したのだ。
「兄上……?」
「母上は――、お元気か?」
「はい。お会いになりますか? 兄上がお出でになったと聞けば喜ばれましょう」
「いや、いい……」
恐らく母・土田御前は、喜んではくれない。
吉法師は母の愛を知らない。抱かれた記憶もなかった。
乳母によって育てられた吉法師は母に甘えたくても、弾正忠家跡取りという立場上、それが許されなかった。
さらに「うつけ」となっていく吉法師を、土田御前は理解することなく厳しく当たり、母との距離をさらに遠くした。
「兄上、今度は弓の射方を教えてください」
兄と慕ってくる信行だけが、この末森城での中では唯一の吉法師の味方だった。
あれから数年――、信行との約束は未だ果たせていない。
そんな信行も今や、十五歳である。織田弾正忠家の中で家臣が二つに割れていることに気づくだろう。
織田弾正忠家の家督相続――、自分たちの次の主君が那古野城の信長か、それとも末森城の信行か。
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