第十一話 前田犬千代、推参!

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「ええ。人を振り回すのがお得意ですので、苦労しますね。かなり」 「あのう……、だれ?」  混乱する犬千代に、男は告げた。 「お前が会いたいと言っているここの主だ」                  ◆◆◆  前田犬千代は、尾張生まれの尾張育ちである。  尾張は冬になると、伊吹(いぶき)おろしという風が吹く。  伊吹おろしとは、濃尾平野から渥美半島にかけての地域において、冬季に北西の方角から吹く季節風の呼び名である。 「いい天気だがや」  馬屋(うまや)にて、犬千代は空を仰ぐ。  碧空(へきくう)にはちぎれ雲が少しあるだけで、風も穏やかだ。  さすがにこの時期は、伊吹おろしは吹かないだろう。  彼は念願かなって、信長の小姓となった。  前田犬千代、このとき十四歳。 「気楽なもんだ。いつ戦になるかもしれんのに」  共に馬の世話をする小姓仲間にため息をつかれたが、織田家家臣となったからと性格まで変わるはずもない。  聞かせば現在の尾張は外から今川に狙われ、内でも大変らしい。 「慌ててもしょうがにゃあだで。なぁ?」  馬の体を磨きながら、犬千代は馬に同意を求める。
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