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15.熱情
おれの体に舌を這わせながら、宥人は夢中になりはじめていた。もどかしげな手つきで浴衣を掻き分け、ボクサーパンツを引き下げる。
当然ながら、おれも興奮していた。勃ち上がりかけたものを、宥人は待ちわびたように熱い眼差しで見下ろした。
「これ、したかったの?」
「うん……」
輪郭を確かめるように舌の表面を擦りつけ、細かく頷く。
「メシ食ったり運転したりしながら、おれのを口に入れること考えてた?」
「そんなずっとじゃないから……」
熱を持っていた宥人の頬がさらに紅潮する。加虐性を刺激する光景だ。
焦らすように掌で弄び、舌先で突いてから、口に含んだ。熱い粘膜に包まれ、喉の奥に先端を圧し返されて、耐えられず声を漏らしてしまった。
宥人にされるのが好きだった。嫌いな男はいないはずだが、宥人は特別だ。技術的に巧みなだけではない。心のこもった、すべてにおいておれを最優先した、文字どおりの奉仕だった。おれの反応を注意深く見ながら、すこしずつ、確実に追い立てていく。
頭を撫でると、宥人が視線を上げる。顔の角度が変わり、口中の肉を先端が圧し上げて、頬が膨張する。このあとに待っているより強烈な快感を連想させる。
「宥人さん、もういいよ」
兆しを感じて、宥人の顔を持ち上げた。不服そうな眼が見上げてくる。
「飲んだらだめ?」
「いいけどもっとしたいことあるよな?」
体を折り曲げ、宥人の両腋の下に手を差し込んで再び腹の上に座らせる。
「おれはある」
宥人の喉が小さく震えた。瞳は潤み、唇が濡れて光っている。
「……上になっていい?」
おれも喉を鳴らして、濡れた唇が動くのを見上げた。頷くと、宥人が大きく脚を広げて体勢を変えようとした。
「ちょっと待って」
制止しようとするおれの手を宥人が素早くつかんだ。思わず怯むほどつよく、熱い手だった。
「生でしたい……」
おれの手を両手で握り締め、宥人が懇願する。
「だめだって。つけないと」
避妊具を使用しなかったのははじめて体をつなげた1回だけだった。あのときは準備もなく衝動的だった。
「いいじゃん。たまには……」
「だめ」
「妊娠しないのに……」
「妊娠しなくても負担大きいだろ。だめ」
直接欲しがったのははじめてではなかった。これまではすぐに納得して引き下がったが、この日は諦めなかった。
荷物を取るため身を起こそうとするおれの手に唇を圧しつけて、宥人はもう一度、今度はさらに切実さを増した表情で、いった。
「お願い。今日だけ」
ため息。こんな顔でねだられては拒めない。
「今日だけな」
「やった」
眩しいような笑顔で宥人が抱きついてくる。今日は負けてばかりだ。いや、気づいていないだけで、常に負けているのかもしれない。
宥人は右手を後ろに回しておれの先端を自身の臀部に擦りつけた。ゆっくりと腰を落とす。膨張し、欲望の出口を求めて脈打つものをすこしずつ飲み込んでいく。おれも手を伸ばし、宥人の腰を支えて助けた。浴衣の裾を持ち上げ、臀の肉に指先を食い込ませる。汗ばんだ滑らかな肌が手に吸いついてきて心地いい。
すべてを収めてしまうと、宥人は詰めていた息を一気に吐き出した。きつく締めつけ、眉間に皺を寄せる。おれも唇を噛んだ。いつもよりさらに熱く、うねるように震え、捻じ切られるかと怖気を震わされるほどだ。
ふだんは人工的な薄いゴムで覆われている。隔てるものがなくなり、蠕動と熱を直接感じて、目眩がしそうだった。
宥人もつよい快感を得ているようで、おれの上にぺたんと座ったまま動けずにいた。
「平気? 宥人さん……」
「うん……すごい気持ちいい……」
「おれもすっげえいいよ」
暗闇で光を求めるように、宥人が両手を伸ばす。互いの指を絡ませ、視線を絡ませる。
おれの手を支えに、宥人が動きはじめた。はじめのうちはゆっくりと、徐々に速く、深くなる。浴衣はほとんど両肘に引っかかっているだけになっていて、首から胸にかけて朱に染まっているのがはっきり見える。
腰を回すと、宥人の頭も揺れる。限界がちかい。手を離し、再び臀をつかんだ。下から突き上げると、宥人の顎が跳ね上がった。高い声が迸る。
倒れそうになる上半身を支え、そのまま仰向けにさせた。かろうじて腰に巻き付いていた帯が解けて落ちる。布団の上に膝を立て、体重をかけた。腰が浮き上がるほど高く腿を持ち上げ、上から硬直を埋める。さらに深い部分まで到達した感覚があった。最奥を抉られ、宥人が声を上げた。さっきよりも大きい。ほとんど悲鳴にちかい。
今度は指でなく両腕をつかみ、烈しく動いた。宥人の肘に纏わり付く浴衣を毟り取り、裸の腰をつかむ。頂点にちかづいているのがわかり、体を退こうとしたが、宥人の脚が腰に絡みついて、おれの動きを制した。
「なかにして……」
熱に浮かされたような眼差しに見上げられる。
「なかに出してほしい」
酩酊したような声だったが、視線は強烈な意思を感じさせた。反駁しようとしたが、抵抗するには遅すぎた。きつく締めつけられ、おれは呻いた。
「やば……いきそう」
「いって、善くん、いって、おれのなかでいって」
おれの首に腕を回し、宥人が我を忘れたように繰り返す。唇の端にこびりついた唾液の球を啜った。宥人が大きく口を開け、差し出された舌を吸った。体のなかだけでなく、口のなかも熱くなっていて、焼けて爛れそうだ。
止めようがなかった。ぎりぎりまで腰を引き、それからもっとも奥を貫いた。限界地点だ。同時に、宥人の体内で炸裂させた。短い声とともに、宥人が弓のように大きく体を撓らせた。筋肉を小刻みに震わせ、最後の一滴まで残さず搾り尽くそうとするかのようにおれを締めつけた。
最初のときは腹の上に放った。直接体内に出すのははじめてだった。つよすぎる快感に襲われ、おれは身震いした。すべて放出し終えると、脱力して宥人の上に突っ伏した。情けない姿ではあったが、しかたない。宥人の体に自分の体を重ね、ぴったりと肌を合わせて、おれはしばらく動けずにいた。宥人も息を荒くしている。ふたりぶんの呼吸ははじめのうちばらばらだったが、密着しているとすこしずつちかづき、やがておなじリズムを刻みはじめた。
力を失ったものを引き抜くと、水音とともに白濁が漏れてバスタオルの上に染みをつくった。その感覚にさえ敏感に反応して、宥人が身を震わせる。
「……いっぱい出たね」
息を継ぎながら、おれの耳元で囁く。責めているのではない。嬉しそうな声だった。重い頭をどうにか持ち上げ、宥人の顔を覗き込んだ。
「ごめん。烈しくしすぎたかも。だいじょうぶ?」
「うん」
微笑を浮かべ、おれの首にしがみついてくる。体勢が入れ替わり、再びおれの上になる。首を伸ばし、キスしてくる。
「おなかのなかいっぱいでうれしい」
かなり露骨な表現だが、宥人の口から出ると下品に聞こえないのが不思議だ。
「善くん」
「なに」
汗の浮いた額をおれの首に擦りつけながら、宥人がいった。
「善くんにさわるのも善くんにさわられるのもおれだけ?」
宥人の言葉が耳朶を掠め、鼓膜に届いて全身に広がっていく。噛まれた箇所が甘く痛んだ。宥人は怒らないと思っていた。間違いだった。
「宥人さんだけ」
湿った髪をぐちゃぐちゃにして、つよく抱きしめた。気持ちが溢れて、止められない。これほどまでにだれかを愛せると考えたことはなかった。
「宥人さんしかいない。宥人さんだけ。すげえ好き。絶対離さない」
「善くん……」
おれの胸の上に顎を載せて、宥人が上目遣いに見つめてきた。乱れた髪が汗で頬に貼りついている。指先でかき分けてやると、擽ったそうに鼻梁に皺を寄せる。
「もっかいしたい」
もぞもぞと腰を蠢かせ、脚を絡ませて誘ってくる。
「だめ?」
「だめなわけない」
再び体を持ち上げ、宥人を見下ろして、浴衣を脱ぎ棄てた。宥人の手が伸び、おれの腹に浮いた筋肉の模様をいとおしそうになぞった。
「今日は宥人さんの日だろ」
まだ熱を孕んでいる腰をつかみ、引き寄せる。宥人の背中に引き摺られてバスタオルが大きく捩れる。
「宥人さんが満足するまで何回でもしよ」
腕を引き、膝の上に座らせる。宥人は無言でおれの首に顔を埋めた。両手をおれの背中に回し、両脚をおれの腰に絡めて、これ以上無理だというほど密着した。脚を広げると、弛緩した腿の間から体液が溢れた。支配欲だろうか。もう一度塞ぎ、大量に注ぎ込みたいという欲求に襲われた。
おれの思考を読み取ったかのように、宥人が背中に爪を立てた。軽い痛み。次にさらに鋭い痛み。宥人がおれの肩に歯を立てていた。おれたちは互いに体をぶつけあい、疲労も時間も忘れて互いの体を貪りあった。
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