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「あっ、ごめん」
沈黙を打ち破ったのは春香で、スマホを手にしている。
「お母さんからだ、なんだろ?」
「話してきたら?」と、俺は出来るだけさり気なく促す。
「でも…」
「いいわよ。2人っきりで楽しくお話ししてるから」
わざとらしい聡美の口調に気づかず、春香が離れていった。
とりあえず最悪の事態は避けられたものの、聡美と2人きりになると途端に心細くなってしまう。なぜなら、この女は何もかも知っているからだ。
「──最低ですね」
まるで虫でも踏み潰してしまったような顔をしている。
「離婚したんですか?でも一年前までは結婚していた。確か春香と付き合ったのは2年前。あの子が私に打ち明けなかったかもしれないけど」
そこで言葉を切ると、カフェラテをゆっくりと口に含む。
スロー再生を見ているような、地獄の時間。
わざとなのか、少しでも俺を痛ぶろうとしているのは明らかだ。
そしてカップを置くと──。
「それとも…今も結婚してます?」
そう言って冷笑を浮かべるのは、俺が既婚者だと確信しているからに違いない。
「いやっ…り、離婚を──」
「私には嘘をつかないで下さいね」
なんの感情もない平坦な物言いは、死刑宣告と同じ。
聡美には嘘が通用しない。
もう、終わりだ。
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