【隠された結婚指輪】

8/13
前へ
/327ページ
次へ
「じゃ、お疲れ様」 なにを乾杯するでもない、普段通りの侑斗と杯を交わす。 ここで『これからの私たちに』などと言おうものなら、この恋人はお酒を吐き出すかもしれない。 すぐに仕事の話になり、あまり聞いてはいなかったが適当に相槌を打つ。 こうやって日常の会話が成り立つことが、心を許し合った恋人の証。これまでなら、幸せなひと時だと満足感でいっぱいだったが…今宵は、次のステップに進みたい。 確かな『足がかり』が欲しいんだ。 「でさ、たまたま持ってたボールペンが──」 面白おかしく喋っている侑斗は、仕事柄なのか身なりも清潔で、いつもどんな時もスーツがパリッとしている。 33歳の割にやや童顔で、優しい面立ちだった。 いや、実際に酒井侑斗という男はとても優しい。 私を失恋から立ち直らせてくれただけでなく、その恋がただのお遊戯だったと思えるほど、思いやりで包み込んでくれたんだ。 そんな愛を独り占めしたいと思うのは、当然のことよね? だって女性なら誰でも、幸福な結婚に憧れを抱くのだから…。 そしてそのことを、侑斗が気づいているのか、気づいているのに知らない振りをしてるのか、たんに女心を分かっていないのか、今からはっきりさせなくては。 「ねぇ、侑斗」 私は、メインが運ばれてきた辺りで切り出した。
/327ページ

最初のコメントを投稿しよう!

650人が本棚に入れています
本棚に追加