650人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃ、お疲れ様」
なにを乾杯するでもない、普段通りの侑斗と杯を交わす。
ここで『これからの私たちに』などと言おうものなら、この恋人はお酒を吐き出すかもしれない。
すぐに仕事の話になり、あまり聞いてはいなかったが適当に相槌を打つ。
こうやって日常の会話が成り立つことが、心を許し合った恋人の証。これまでなら、幸せなひと時だと満足感でいっぱいだったが…今宵は、次のステップに進みたい。
確かな『足がかり』が欲しいんだ。
「でさ、たまたま持ってたボールペンが──」
面白おかしく喋っている侑斗は、仕事柄なのか身なりも清潔で、いつもどんな時もスーツがパリッとしている。
33歳の割にやや童顔で、優しい面立ちだった。
いや、実際に酒井侑斗という男はとても優しい。
私を失恋から立ち直らせてくれただけでなく、その恋がただのお遊戯だったと思えるほど、思いやりで包み込んでくれたんだ。
そんな愛を独り占めしたいと思うのは、当然のことよね?
だって女性なら誰でも、幸福な結婚に憧れを抱くのだから…。
そしてそのことを、侑斗が気づいているのか、気づいているのに知らない振りをしてるのか、たんに女心を分かっていないのか、今からはっきりさせなくては。
「ねぇ、侑斗」
私は、メインが運ばれてきた辺りで切り出した。
最初のコメントを投稿しよう!