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「お帰りなさい、遅かったわね」
日付が変わった頃に帰宅しても、浩子はリビングで寝ずに待っていた。
罠を仕掛けたハンターが、獲物が掛かったか息を潜めているように。
「田崎と飲んでくるって言っただろ?」
つい口調に苛立ちが混ざるが、全く意に返していない様子で「お茶漬けなら用意できるけど?」と言う。
元からお嬢様育ちだからか、それともこうじゃなきゃ夫婦は成り立たないのか…。
「いや、今日はいい。飲み過ぎたし」
「じゃ、お風呂にゆっくり浸かったら?私は先に休むわね」
その言葉通り、風呂を終えて寝室に入ると、すでに浩子は静かな寝息を立てていた。
起こさぬよう布団に体を潜り込ませると、ちょうど寝返りを打って向き合う体勢になる。
──老けたな。
そうは思ったが、浩子は同年代にしては若いほうだ。
お金に苦労はしていないし、働く大変さも知らない。
専業主婦で子育てに専念し、身なりにも気を遣っていた。
『セックスレス』という、田崎の言葉を思い出す。
もし、浩子に幼馴染がいたら?その男と不倫をしていたら?
俺は多分…春香の時ほど、怒り狂うことはないだろう。
妻とはセックスレスではない。
それは作業みたいなものだが、定期的にこなしている。
レスになって不倫を疑われては元も子もないから、ただそれだけの理由だった。
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