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※シーンラスト:木崎兄弟はかく語りき
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※シーンラスト:木崎兄弟はかく語りき
「え、残るの?」
すもあが土産を渡して帰宅した後、土地勘のないりあむを迎えに来た兄は心底嫌そうに言った。
「散々だなぁ、おにーさま……ぶろーくんハートだぜ……」
胸を押さえて吐血せんばかりにうめく弟へ、映瑠(えいる)はむしろさわやかに笑った。
「大丈夫、お前無駄に丈夫だから。三歩歩いたら立ち直るタイプだろ?例え刺されてもバカだから死なないよ」
「マジでバ〇ァリン見習って???」
これのどこが優しさの塊なのかな?俺、優しさをはき違えては…ないか、絶対無いわ。と脳内自分突っ込みを終えてから。
暑さのため、とカフェのお持ち帰りで購入したマンゴーフラッペのストローを嚙みつつ、
「それよかさ。にーさまはどう思ってんの?おのオスモーガール?」
同じくレモンスカッシュの透明な容器を握りつぶさん勢いで…しかし決して表情と声にはそれを載せずに…映瑠(えいる)は口を開いた。
「…それ、次に口に出したら……どうなるか、」
「じゃぱにーずじょーくって言葉、いい加減覚えてくれない?!!」
兄の返事は、ふんと鼻を鳴らすのみ。
りあむは脱力感にくじけそうになりながらも、さらに続けた。
「……はァ。……まぁいいよ。深堀りしたら、ヘビどころかゴジラでも出てきそうだし」
『……でもさ。悪くないね、アイツ』
そう締めくくられた最後の言葉の響きに、映瑠(えいる)は思わず口に含んでいた飲みものをごきゅ、と変に焦って飲み込み、軽くせき込んだ。
「……っ…」
「……それで?」
珍しい兄の焦りをばっちり目撃したらしい弟は、普段の腹いせが叶った顔で、にやつきそうになりながら、
「ん?別にィ?」
「過去の僕に、相方に選ぶなら、そいつはやめとけって忠告してあげたいよ……で?」
「だからなんだよ」
「……察しが悪いやつじゃないだろ、弟」
「さぁねぇ?」
そっぽを向いて、マンゴーラッシーをずごごごとすする弟はなかなかどうして悪い顔をしていた。
「チッ……」
そして根性的にはまったく五十歩百歩な兄も、普段の菩薩顔はどこへいったのかと危ぶみたくなるガラの悪さで舌打ちである。
「ほんっと、おにーさまって、優しーの顔だけだよね……まぁ、アンタがはぐらかすんなら、オレも言う義理ないよねー?って事で」
「……まぁ、いいけど」
兄弟は互いに視線をぶつけ合い、そして揃って横を向くと。
あ、と思い出したように弟のほうが指を突きつけて言った。
「もちろん!サクタローの事も諦めてないけどな!!!!」
「……おひとりでどうぞ」
ストローを引っこ抜いて、レモンスカッシュを煽るように飲み干してから。
子犬のようにきゃんきゃん噛みついてくる弟を意識の外へ締め出して。映瑠(えいる)は思考を巡らせる。
……心の傷か……。
……もし、彼女にもそれがあるとして。それを知る機会があった時、僕は……どうするんだろう。
ただでさえ、あの御屋敷で……身分を隠して働いている人だから……。
そして、真実を。僕のことを知ったら……彼女はどうなるんだろう……。
……だめだ。考えてる場合じゃない……。
「にーさまーぁ?なぁに黙りこんでんだよォ……」
反応がまったくないことに流石に気が付いたらしいりあむが『へそを曲げてます』と言いたげな声で、兄のその背に平手を食らわせてきた。
ぐ、と衝撃に思わず後方を睨んで、しかし、頭を振って切り替える。
「……いくぞ、明日も仕事だから」
「ういー」
(この日、僕の胸には言いようのない不安と小さな安心感とがごちゃ混ぜになっていた。そして同じくらい、又聞きの彼女の様子をとても……嬉しくて、……好ましい、と思ったんだ)
映瑠(えいる)の脳裏で、すもあが笑って自分を呼ぶ。
それに、無意識で口元を緩ませながら。彼は思う。
きっと何一つ解決してないし、状況も変わってない、だけど、確かにその感情は。……僕の心にじんわりと焼き付くように、確かに傷をつけた。
それは何故かとても甘くて。……少しだけ疎ましいようで。その感情が育たないようにと僕は、ひっそりとその芽を――。
(終わり)
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