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第六皇子 来儀皇太子
「もう〈夕日の森〉にはキジはいなさそう。次は〈太陽ノ森〉に行きますかぁ?」
浩宇がハヤブサの小龍で狩りをしたそうだ。すると宦官の捧日がふむ、と考えこみ。
「しかしまだ、秘術がちゃんと証明できてないようだが? これだと普通の鷹狩りみたいです」
天籟が不満を口にする。すると月鈴は
「ああ、忘れていました。スズメの意識を乗っ取った時に、やっておきましたよ。実は侍女の娟娟さんに頼んでおいたのです」
「何を?」
「あらかじめ手紙を書いてもらい、天籟さまの執務室の窓を開け、文字が読める状態で窓辺においてもらいました」
「なるほど」
「それと娟娟さまには誰かと会話をしてもらって、その会話があっているか。あとで確認してください」
「ほう」
「では、手紙の内容は……うーん。言いにくいですが……ふ」
月鈴が口に手をおき、うつむき笑いを堪えつつ微笑む。
「ん? いいから言ってみろよ」
「はい。ええっとですね、天籟さまの幼少期について書かれていました……」
「なに?」
「天籟さまが二歳のころ、甘えん坊さんで、夜中に娟娟さんの寝所にこっそり忍び込んで娟娟さんの胸に顔をうずめて寝たので困った。と」
「な……っ‼」
天籟は顔が固まる。
「他には―おねしょをして……」
「あーあー! 月鈴! ゴホンッ。もうよい。次は会話だ」
「はい。執務室の前の木の枝に止まって、会話を聞きました。宮女長の圭璋さんがちょうどいらして、わたしのことについて話しているようです」
「ではなんと?」
「性格は悪くないけど、皇族の妻としては点数がつけられない、とか……。もっと頭の回転が速くて、腹黒くないと、後宮ここではやっていけないと申していました。まあ、ハッキリ言って、わたしの悪口ですね」
「ふむ。なんとなく娟娟が言いそうな内容だな。他には?」
「はは……。早くお坊ちゃんの子を抱っこしたい、ですって」
「うっ。ゴホン……もうよい」
気まずい空気になり天籟は浩宇が据えているハヤブサの小龍の方を見てごまかした。
「では娟娟さまに確認しましたら、秘術が本当であったと証明できますね」
捧日は颯爽と執務室に向かって去っていった。
***
結局、天籟の鷹狩りはその一匹のみだった。浩宇は機嫌の悪い小龍に噛まれ、うまく扱えず落ち込む。各国の王族はおのおの鳥を獲っていた。
「ワシはキジ二羽じゃ。どうだ!」
波は国の海波王が高らかに掲げる。
「朕は、キジと鶴を獲ったぞ」
「おおっ! さすが主上。鶴とは縁起が良いですな~。これは高得点になるだろう。参ったなぁ」
波国の海波王が帝に声をかけると、おつきの者もすばらしいと拍手した。
「そうだろ、そうだろ、ハッハッハ」
雲雕帝は快活に笑う。
「茶番だな――君もそう思わないかい?」
「え?」
月鈴は獲ったキジを炊事場の宮女に納め、手を洗おうと洗い場に来ていた。陶器のような白い肌、涼しげな目元、肩まである白銀の髪が風に揺れる。伝説の始皇帝と同じ髪色の――第六皇子、来儀皇太子殿下が横にいた。
「!」
あわてて拝礼をする――両手を組み、頭を垂れ、恭しく跪ひざまずいた。
「ああ、挨拶はよい。そなた月鈴だろ? 天籟の女だってみんな知っているよ」
(天籟さまの女……じゃないけど、話を合わせておく)
「……はい」
「天籟の女が鷹使いとはなあ……。ねえ、おかしいと思わないかい。今日はキジなんて飛んでいなかった。さも鷹が狩ったように見せかけて、つまりあらかじめ用意しておいたキジと鶴を持ってきただけなんだよ」
「そうですか? 〈夕陽の森〉には一羽いましたよ。探せばおります」
「でも鶴はこの時期いなかった」
「それは……」
「僕はね、帝がご機嫌取りばっかりはべらせ、高官の汚職が広がり、この国の中枢は腐っていると思わないかい」
「……な、なにを」
宮女が意見を述べることは許されない。口ごもっていると、来儀はうしろに束ねた月鈴の髪をつかみ自分にひきよせる。
「え? ちょっ……ちょっと」
来儀皇太子は耳元でささやく。
「きみ、可愛いね。僕のまわりにいない女子だ」
「……」
(来儀皇太子殿下は氷のように冷たい笑顔だ。ねっとりした話し方、目線を離さないので蛇に睨まれた蛙ようだ。キレイな顔をしているから余計怖い)
だんだん来儀皇太子の顔が近くなるので、月鈴は驚いて思わず目を見開く。すると薄茶色の瞳がわずかに光った。
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