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天籟の翼
宮廷の朝の日課は、議事堂での報告会議だ。それが終わると、大きな回廊を歩いておのおの部屋に戻る。昨晩はいろいろあり、天籟は朝餉を食べそこねたので足早に戻るところだった。ここは皇族のみが通れる神聖な回廊であり、官吏たちは別の回廊を迂回しなければならない。
「よお、天籟」
声をかけてきたのは、次期帝である第六皇子、来儀皇太子殿下だ。白銀の髪は皇家の血筋の証。兄弟の中で唯一、白銀の美しい髪色だった。加えて、物腰柔らかで圧巻の風格だ。
「来儀兄上」
急いで、天籟はかしこまり揖礼した。
「因縁の宮女との昨晩はどうだったかな」
来儀は扇子を口元に持っていき、下世話なことを聞く。
「はい、滞りなくおわりました」
淡々と報告する天籟。次々と議事堂からでてきた異母兄弟が天籟をかこむ。
「――のう皆の者、天籟は卑しい血筋の子だから、下級宮女とお似合いだと思わないか? フフ……」
「そうだな。アハハハ」
来儀皇太子の言葉に他の皇子たちもニヤニヤと天籟を蔑む。第七皇子の鴻洞は天籟に肩をかけた――が、その手で髪を掴むと、ぐいっと引っ張り天籟を床に叩きつけた。
「うっ……!」
天籟は苦痛な声をあげ懇願する。
「鴻洞兄上、やめてください……」
「ふん、もう音をあげるのか、つまらぬ男だ。情けない」
床にうつ伏せの天籟にまたがり、髪をさらに強く掴み顔だけあげさせる。
「おっと、鴻洞よ、きれいな顔には傷つけるなよ。主上が見たら嘆く。天籟は寵愛を受けたあの忌まわしき女の生き写しだからな」
「ああ分かっているよ。顔以外でなら傷つけてもいいよな」
「……」
第九皇子の汀洲ていしゅうはその様子をただ黙ってみていた。
***
(今日もなんとかやり過ごしたな……)
天籟は執務室に向かう。
第八皇子、天籟の母親の暁華は賢妃付きの侍女だった。
あまりの美しさに帝に見初められ、側室となった。侍女に選ばれる女子のほとんどが貴族出身だが、暁華は貴族ではあったが妾腹であった。それも妓女との子。生まれてすぐ貴族の紅こう家に引き取られ、肩身が狭かったそうだ。
帝から最も寵愛を受けながら、出自がよくないという理由で、四妃に選ばれなかった。もう少し暁華に強かさがあったなら、長官を丸め込んで何とでもなったというのに。そんなわけで天籟も要領が悪く、はやくも皇帝候補から外されてしまった。今は母似の美しい顔を持て余していた。
「八百年前」と「第八皇子」というのはこじつけだ。この結婚は現帝のはずだった。かつて敵国だった忌まわしい姫だからと嫌がり、天籟にお鉢が回ってきた。
――オレは玉座ぎょくざに興味がないが、兄弟で争いごとは避けたい。ただ何もしなければ母のように殺されるだけ……。この時まではそれでいいと思っていた――。
遅めの朝餉をとったあと、天籟は後宮の離れにある竜王殿に宦官の捧日と赴いた。
絢爛豪華な宮殿が建ち並ぶ中、そこはまるで原風景のような、風光明媚な庭園が広がる。丘があり小川が流れ、橋を渡ると大きな池があった。その大きな池に亀が日向ぼっこしていた。一歩足を踏み入れると、さっそくウサギが足下を横切る。
「ここで、月鈴は働いているのか……」
兎や亀など、縁起のよい動物が宮廷で飼われるようになったのは始皇帝からだとされている。月鈴は竜王殿の動物のお世話係なのだ。
「天籟殿下、お待ちしておりました」
昨夜の月鈴は、皇子のお相手として、甘ったるい香を匂わせ、胸元の開いた透けた衣装だったが、今日は、紅もささず、長い黒髪は後ろに束ね、首元をしめ、左手には分厚い鹿皮の手袋までして、全身隠しきった格好で天籟と捧日を迎えた。
「宮外には、禁軍兵士の馬の世話係がいる。通常であれば宮廷内の神聖な動物を扱うものは聖職者のはず、宮女の月鈴がなぜ選ばれた?」
「それではお見せします」
小さい笛をくわえ吹くと、天籟と捧日の頭上を何かがかすめた。
「⁉」
バサバサッ
蒼穹の空に高く飛ぶ美しい精悍な鳥。目は黄色い虹彩、頭は白い斑点に目の周りは黒い眼帯で眉は白色。背中は蒼みを帯びた黒羽、お腹は全体的に白く、細い波状の暗灰色の横帯。
滑空しながらゆうゆうと下りてきた――空の王者。天籟は思わず見入った。
(あれは……蒼鷹?)
「飛龍!」
「キィキィ」
ビュンっと月鈴に向かって飛んできたが、ぶつかる寸前、左手に止まった。
「月鈴、君は……」
「はい、わたしは鷹使いです」
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