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月鈴の夢
月鈴は天籟に語る。波国が不穏な空気を漂よわせていると―。
「わたしは国と国が争うのを好みません。ですが、争いが起こってからでは止められません」
「波国が……信じられないな……。それと秘術と何の関係が?」
「これは取り引きです。秘術を公にしてでもやらなければならないことがございます」
「取り引きか……。いいだろう。言ってみろ」
「はい。これまで隠ノ領は海や山の恩恵をうけ貴重な植物や木が生え育ち、きれいな水のおかげで、疫病にかからずこれまで暮らしていました――」
「……」
「国の方針が変わったのか、最近、隠ノ領内で伐採と採掘が始まって、たびたび、土砂崩れや洪水が起こるようになってしまった……」
「ええ、たしかに。隠ノ領の森は良質な木材が採れ、山では鉱物が採掘できて、海岸では翡翠ひすいが採れる宝の島だと地方官吏から報告がありました」
宦官の捧日が口を挟む。
「疫病が落ち着いたものの、このままでは生態系が崩れ、鷹や動物たちも、わたしたちの住むところもなくなってしまいます。だから女官になり、国を動かしたいのです。そのために燿国が平和な世でなければ、わたしの夢も叶いません」
「女官か……。しかし月鈴は皇命でオレの側室となるはずだが?」
「皇族の妻になったところで何もできない」
「……」
(こいつ、皇子の妻がどれだけいい立場かわかってないのか?)
「お願いします。隠ノ家一族の願いはこれからも平穏に動物と……飛龍とつつましく暮らしたいだけなんです……それに」
月鈴は言いにくそうに口ごもった。
「……ん? なんだ正直に言ってみろ」
「はい。どう考えても愛情のかけらもない政略結婚なんて絶対イヤです。卜占なんかで選ばれたって知らない。殿下もそうでしょう?」
「イヤって子どもかよ……。それが皇家の任務だし、皇子のオレに意志はない――」
「そんなはずないわ。殿下の瞳に炎が宿っている。本当は変えたいと思っているのでしょう?」
「はぁー不満なんてないよ、お前こそオレに内乱を煽っているのか? それに、なんだ愛情って。子を成すのに愛情なんていらないだろう。そもそも結婚は形式的なものじゃないのか?」
「……へ?」
(しまった。皇子についタメ口になってしまった。いけない!)
月鈴はあわてて手で口をおさえる。
「えっと、結婚ですか……? お互い一本の木を支え育てるものだって母が言っていました。亡くなったわたしの両親はとても仲良かったのです。父は母を喜ばせようと努力をして、母は父を尊敬して尽くしていた。二人はお互いの考え方に相違あれば話し合い、理解しあった。それに父は一度も浮気をしなかったんですよ。わたしのことも愛情を注いで育ててくれて、大好きな両親でした」
「はっ浮気しないことが愛情か? 単に甲斐性がなかっただけだろう。オレは一生、一人の女っていうのは無理だな。あいにく数多の女が寄ってくるから選びきれない」
毎朝、侍女に手入れしてもらい自慢の黒髪をなびかせ意地悪そうに月鈴を見る。
「ふう……。殿下のように、女は子を産むだけの生物とでも思っているようでは……。どうせ子を成せばもう妻のところに行くつもりないのでしょう?」
「当り前だ。その女子も男おのこを産めば、御の字、一族も安泰だ。それで充分だろう」
「話が脱線してしまいましたね。この話は終わりましょう……それに、わたしは鷹使いとして生きていく覚悟です」
「……」
(たしかに、昨日の閨での彼女は見てくれは良さそうだったが、鷹を操る姿は生き生きとしていた)
「――ああ、わかった。不審死の原因がわかれば、女官など、君の要望を考えておこう。では、動物に意識を飛ばす秘術をどのように使うのか、実際にこの目で見てみたい」
「はい。かしこまりました」
***
回廊を渡り、執務室に戻る時、春の肌寒い季節から、少しずつ暖かくなると鳳凰宮の庭の池に蓮の花が咲いていた。天籟は蓮を眺めながら、先ほど月鈴の言っていた言葉にイライラしていた。
寵愛を受け妬まれ殺された母……
その母ですら帝のことなど愛していないだろう……
そもそも愛って――。
天籟は執務室に戻り扉を開けると、宦官の捧日がにこやかにしていた。
「なんだ?」
「いえ、珍しいこともありますね。女嫌いな天籟殿下が、長くお話をされていました」
「はぁー?? まさか。オレは女好きだよ」
「そうですか? 昨夜は、任務だと言いながら、閨に行くのを嫌がって酒を浴びるほど飲み、取り乱していましたが……?」
「捧日っ」
痛いところを突かれ、ふてくされたのか髪をくしゃくしゃして、椅子に座る。
「ふふ。すみません。口が滑りました。ところで隣国の波国について、彼女の発言には信ぴょう性はあるのでしょうか……」
「ふむ……」
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