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天籟の翼
春の肌寒い季節から、少しずつ暖かくなると鳳凰宮の庭の池に蓮の花が咲いてきた。蓮を眺めながら、執務室で天籟は書物 に目を通していた。
コンコン
「殿下、お茶をお持ちしました」
天籟の長几に侍女がお菓子と茶を置く。
「今日は、詩夏はどうした」
「気分が悪いので、代わりにわたくしがお持ちしました」
「……」
「いつもはたくさん侍女を引き連れてくるが……?」
すると突然、短刀を隠し持った侍女が長几に乗り天籟の胸元を狙ってきた。
「!」
天籟は奥に下がり、後ろに控えた武術の達人、捧日がすばやく天籟の前にでる。
ザクッ
捧日の右腕に刺さすが、金属を縫い込んだ衣だったので貫通することはなく、滑るように短刀が落ちた。
「なに奴⁉ だれかおらぬか‼」
天籟は置いた茶を侍女の顔にかけると女はすぐに土色になり、そのまま倒れ込む。捧日が体を起こすと、侍女はすでにこと切れていた。
「くそっ。茶には毒。あらかじめ奥歯に毒か……。どのみち自害するつもりだったのか。捧日、この侍女を徹底的に調べろ」
「はい。仰せのとおりに――」
しかしこの侍女を調べても、出所が分からずじまい。不思議なことに厳重な警備にもかかわらず、かんたんに天籟の執務室に侵入できたのだった。
帝が即位すると、皇后は、五大世家の中で一番の大領主、李黄家と決まっている。
続いて四妃(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃)はそれぞれ上級貴族出身の娘が選ばれる。
四妃の中、五大世家の紅家出身の翠蘭賢妃の子が来儀皇太子。天籟の母、暁華は翠蘭賢妃付きの侍女だった。賢妃より階級が低い、しかも紅家で異母妹であった暁華は帝から寵愛をうけ抹殺された。……犯人は見つかっていない。
(誰がオレの命を狙うのか……)
母といい、オレも、翠蘭賢妃か来儀兄しか思いつかない。もし今、次期帝である来儀兄上が天子になったらオレは真っ先に粛清されるだろう。そうでなくてもこの数年で皇子が亡くなっていた――。
燿国は泰平の世を維持するため、内乱を起させぬよう、帝に選ばれなかった皇子は国のため、何千年もの間、命を捧げてきた。皇家に生まれた者の宿命――。歴史の記述にも載らない名もなき皇子。
あることないこと理由をつけられ、オレは処刑されるのか……。内々で処理される。まるで贅沢な暮らしをしている死刑囚だな……。
だがここにきて、気が変わった。腹違いの兄弟にむざむざと殺されるつもりはない。月鈴を利用し、結果をだして必ずオレは生き抜いて、伏魔殿を出てやる……‼
***
今日も今日とて紫微星城の瑠璃瓦は金色に輝く。
雨の多い時期はすぎて、暑い季節がやってきました。城を守るように水堀があり、城下町には美しい運河が流れ、まいにち船が行き交い物資を運んでいる。千年以上君臨する王者の都――。
「わたしの相棒は蒼鷹の飛龍ですが、他に鷹狩りに使用できる鷹の種類は、ハヤブサとイヌワシもお世話しております。こちらも鷹狩りできるよう訓練は欠かせません」
月鈴は天籟にハヤブサの小龍を紹介した。
「ハヤブサもいいな……」
天籟は鹿の皮で作った手袋を装着して、ハヤブサの小龍を手のひらにのせてもらう。
「……チキッ」
小龍が黒くつぶらな瞳で天籟を睨む。
「お……おい、月鈴! 小龍は機嫌わるくないか? オレに嚙みついたりしないか」
すると月鈴が不安そうな天籟の手をとる。
「手を揺らさないでくださいよ~。それより落ち着いてください。鷹狩り用に訓練されているので大丈夫です」
天籟は動物が好きじゃなかったが、月鈴が鷹を飛ばす姿をみて、やってみたいと思うようになった。空を自由に舞う鷹――。
「鷹は毎日、必ずお世話をしないと信頼関係が築けないです」
「そうか」
「殿下もまいにち竜王殿にきてお世話してみましょうよ。餌の小鳥をむしるのは平気ですか?」
「おい……。お前はオレに本気で言っているのか⁉」
天籟は動揺して冷や汗をかく。
「冗談ですよ。殿下があまりにも熱心でいらしたので」
「なに⁉ ああ、殿下じゃなくて天籟でよい」
「へ……? なぜ」
(しまった! また気軽に受け答えしてしまった)
月鈴は口を手で押さえ天籟をチラッと見る。冷笑を浮かべるも何もいわなかった。
「お前はその……一応、皇子の妻候補として……夜伽したってことになっている」
「はぁ~⁉ 冗談でしょ! 訂正しないと」
「あーよいよい。捧日と相談したのだが、女官になるには通常、時間がかかりすぎる。それに女官に選ばれる者は、賄賂か、家柄とコネだ」
「え……そんなぁ~。金子なんてないし後ろ盾も……」
月鈴はショックを隠し切れない。
「そこで考えた。月鈴は妻候補の立場から出世してくれ、秘術で協力してもらったあかつきには、約束通り隠ノ領の伐採と洪水問題を議題にのせよう。それで、親しい間柄ってことでオレのことは名前で呼ぶように」
「は、はい。ありがとうございます。では……天籟さま」
「うむ。言葉遣いも、もうこのままでよい」
「うっ……。すみませんでした。だからわたし、妻にふさわしくないんですって~」
月鈴は顔を真っ赤にした。
「ははは」
天籟は心から思いきり笑った。
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