月餅と月明かり

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月餅と月明かり

 天籟(てんらい)が手をあげると、侍女たちがササっとやってきて椅子とテーブルを用意し、テーブルの上にはガラスの水盆に蓮の花を浮かべ、お茶とお菓子に彩を添える。 「本日は月餅(げっぺい)でございます」  天籟殿下付き侍女の中でも華やかな顔立ちの詩夏(シーシ)はいつものように甘い香りをまき散らし、上目づかいで天籟を見つめるが 「しばらく人払いするように」  無表情で指示を出すので、侍女の詩夏はシュンとして去った。月鈴(ユーリン)は気の毒そうに見送る。 (あれを見ると、応援したくなっちゃうんだよな~) 「天籟さま、もう少しさあ、詩夏さまにやさしくした方が……」 「あのな、オレから苦手な詩夏を変えてほしいとも言えないんだぞ? オレの一声で詩夏は職を失う。さりとてこちらにその気はないのに優しくはできぬ。お前はどうなんだ、ある日、見知らぬ皇子との(ねや)に呼ばれた気分は――」  チラリと月鈴を見る。 「ごもっともですね。すみませんでした」 「ふ、今日は謝ってばかりだな。では、お茶をいただこうか」 「はい!」  月餅はハスの実の饅頭(まんじゅう)である。下町でも売られていて流行っているが、後宮ではもう少し手が込んでいて、餡の中にアヒルの黄身が入っている。  お盆の上にのった月餅は、燿国の文様の焼き印が入っていて、黄色、緑色、桃色と、色とりどりだった。 「わーこんなきれいな月餅を初めて見ました。村ではただの丸くて茶色い饅頭ですもの」  月鈴ユーリンは目を輝かせる。この前から後宮のお菓子が楽しみでしょうがない。 「……」 「桃色の月餅は何味かしら~? はむっ」 「ふ、中身は餡だから味はいっしょだろう」 「目で見て楽しんでくださいよ、天籟さま」  二人のやりとりを嫉妬と羨望のまなざしで焔をたぎらせ見ているものがいた。  ***  薄暗い空が夜の闇につつまれる。月鈴(ユーリン)は、いつものように蒼鷹の飛龍(フェイロン)のお世話をしていると、鷹小屋に近づく足音がして戸口を見た。 「!」 「なにここ~? くっさいわねぇ」  侍女長の詩夏(シーシ)は侍女たちを引きつれゾロゾロとやってきたのだ。小屋の中まで入ってこようとするので慌てて月鈴が遮った。 「ちょっと、待ってください。何かご用でしょうか? 鷹は神経質なのでこれ以上中へはご遠慮ください」 「ふん、婢女(はしため)のくせに侍女のわたくしに命令しないで‼ 月鈴は何か勘違いしているようですね?」 「え? なにをですか」 「ちょっと天籟殿下と夜伽したからって、調子にのってんじゃないわよ!」 「そーよ、そーよ」 「品のない女のくせに!」  後ろに控えていた侍女たちも文句を言いながら月鈴をかこんだ。 「……い……」 (いや、何もしてないし、なんて本当の事は言えない……)  侍女たちにかこまれ逃げ場がない。月鈴はどうやってこの場をおさめるか頭を巡らせた。 (うーん。これが女の園、後宮ってところか。ひとたび皇子に気に入られると、娘たちからいじめを受けるのね……。噂では聞いてはいたが、まさか自分に降りかかってくるとは……) 「いえ。そんなつもりはございません」  月鈴はしおらしく詩夏に頭をさげた。 「その態度、気に入らないわ」  詩夏がドンッと月鈴を突き飛ばす。そのはずみで後ろに倒れ尻もちをつき小屋の隅に追いやられた。かなり派手に倒れたので、棚の上に置いた干し草入りの籠が落っこちてきた。 「いったぁ」  頭に籠がかぶさり、干し草まみれになった月鈴が立ち上がろうとしたら、  バシャ! バシャ!  他の侍女たちは桶に入った冷たい水を月鈴に思いっきりかける。 「くすくすくす……」 「お似合いよ」 (詩夏め……。同情するんじゃなかった。それにノコノコついてくる女どもも何なのか。いじめを訴えたところでこの侍女たちが口裏合わせして証拠にならないか……)  ずぶ濡れの月鈴はキュッと唇を噛んだ。 「いいこと? もう天籟殿下に近寄らないでちょうだい。目障りなの!」 「そーよ、そーよ」 「だいたい、あなたのような下級宮女が気安く話せるお方じゃないの。お金はいくらでも積んであげる。足抜けの手配をしてさしあげるから、今すぐ後宮ここから出ていきなさい‼」 「……」  すると 「キィーーッ!」 「チキ!」 「チチチチ―――ッ」  バサバサッ  小屋の中で飛龍(フェイロン)が、侍女たちの頭上を飛ぶ。鷹は羽を広げるとけっこう大きい。わずかな灯りの小屋の中、揺れる大きな黒い影、鋭い爪。耳をつんざく威嚇の鳴き声。イヌワシも鳴く。 「きゃあきゃあ」 「こわい!」 「たすけて」  世間知らずな上級侍女たちは、突然のことでパニックになり一斉に鷹小屋から出ようとするも、柱や扉にぶつかり、ふらふらになりながらようやく逃げていった。 「ちょ、ちょっとまちなさいよ~」  手持ちのロウソクは消え、真っ暗になる。恐怖のあまり逃げ遅れた侍女長の詩夏は腰が抜けて動けなくなった。  明かりが消える直前にサッと皮手袋をして、飛龍(フェイロン)を拳に乗せ、ずぶ濡れの月鈴は詩夏にゆっくり近づき上から見下ろす。 「ねえ、こんなことしても何もならないよ――」  低い声音。ふだん温厚な月鈴が怒ると無表情で凄んでしまう。暗闇の中で入り口の扉から月の光が月鈴の背中を照らす。 「……」  ぽたぽた。月鈴から滴り落ちる。見上げた詩夏の顔にも水滴がぽたりと落ちた。 「わたしだけなら好きにすればいい。でも鷹小屋に乗り込んで鷹たちを動揺させて、万が一ケガをするようなことがあれば―……。今度はわたしが許さない……!!」  カッと目を見開く。今宵は満月のせいか、星影が霞むほどの鮮やかな金色の月が闇の中から浮かび上がる。月光を浴びた月鈴の瞳が薄茶色から金色に変わる。それはかつて神秘の国だった亡国、隠國(こもりく)王の末裔の証だ――。
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