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北上瑞樹。25歳
宮城県山奥にあるオンボロ屋敷で発見された彼女は武装警察に身柄を確保され、事情聴取を受けた
瑞樹はわかったことが二つある
①瑞樹が山奥の小屋で行っていた「実験」というものは失敗に終わったこと
②そしてその実験が原因で1940年2月から2022年2月24にタイムスリップした。
つまり未来に来てしまったのだ
ということの二つがわかった
しかし言い換えれば、「それ以外何もわかってない」ということだ
どんな実験をしていたかは何故か思い出せない。そのため、実験がどのような影響を彼女に及ぼした結果、タイムスリップしてしまったのかが分からない。つまり帰る方法さえ「不明」ということだ
お昼ご飯どきがある程度過ぎ去った午後1時半
瑞樹は警察の事情聴取から解放された。しかし82年も進んだ未来に自分の帰る場所など到底ない。結局、(瑞樹にとって)未来の仙台市内を彷徨っている。だが、それがますます彼女を困惑させている
「何あの高い建物…何なのあの早い物体は……?」
焦燥感に駆られ、挙動不審になりながら、ぶつぶつと呟きながらビルの乱立する街を歩き回る
「にしても暑いな…まだ二月でしょ…」
歩き回るうちに瑞樹はだんだん暑く感じてきた。
伏見と名乗った警官曰く、今は2月の後半のはずだが、現代の2月後半は気候変動のせいで瑞樹にとっては少し暑く感じる。
「少し、日陰によるか…」
色白な肌を焼く太陽光から逃げるように、瑞樹は近くのビルとビルの間にある狭い路地裏の方に入って行く
路地裏は日陰になっており、太陽光は遮断できるものの薄暗く湿っており、何よりツーンとし生臭い匂いが瑞樹の鼻を襲う
「うわっ…くさっ…」
瑞樹は鼻を軽くつまみながら路地裏の奥へと進んでいく。
少し奥に室外機(もちろん瑞樹は見たことがないのでそれが室外機だと分からない)が置いてあるのが見えた。座るにはちょうど良さげな高さだったため、そこに腰掛けて休憩することにした
「あぁ…やっぱ受け入れられないぃ…」
瑞樹は周りの景色を見渡して、落ち込んだ表情を浮かべながら呟く
「そうだ。これはきっと夢だ夢に違いない」
瑞樹は自分の頬を一度引っ叩く。しかし何も起こらないししっかり痛みもある。つまり夢ではないのだ
「いてて、、まぁ…だよねー」
やはり現実だと気づき、諦めた様子を見せた瑞樹はため息を吐き俯いた
「…あの子…今どうしてるかな…?」
瑞樹は20歳の時に結婚した北上家の長男であり夫の、「北上領一郎」の間に生まれた一人息子のことを思い出す。名前は「北上扶桑」
瑞樹がタイムスリップする直前、彼はまだ3歳の赤ん坊だった。瑞樹はそんな子供を夫と共に置いて来てしまったことを申し訳なく思っていた。そんな息子、北上扶桑は今年で85歳。生きてるかどうかもわからない
瑞樹は徐に白衣の右ポケットに手を入れ、何かを取り出す。それは手製の紺色のお守りだった。このお守りは家の近くの森の中にある小さめの神社に売っているお守りで、北上家は代々この神社でお守りを買っている。
「2人とも…元気にしてたら良いんだけど…」
手に取ったお守りをじっと見つめながら夫と息子のことを思い出し、物思いに沈んでいた
だが、それに集中するあまり、彼女は気づかなかった
「オイ」
その男がドスの効いた声でそう告げた途端…
ガコンッ!
瑞樹の座っていた室外機を蹴る
「はっ!?ひゃっ!?な、何!?」
瑞樹は突然の轟音と座っている場所を蹴られたことによる振動で跳ね上がる様に立ち上がる。すると瑞樹は目の前の、両手をズボンのポケットに突っ込みんでいる身長180cmくらいの男と、身長160cmほどの坊主の男、計2人の男がナイフのような鋭い目つきでこちらを睨んでいるのに気づく
「何?じゃねぇよ!」
「ひっ!?」
身長が高い方の男が、苛立った様子で瑞樹を怒鳴りつける
瑞樹は思わず変な声を出して、反射的に後ろに2、3歩後退りしてしまう
「いつテメェは俺らの縄張りに入っていいと言われた?俺はんなこと許可してねぇぞ」
「えっ?あっ?縄張り…?」
瑞樹が戸惑った表情を見せたその瞬間、男はポケットに手を突っ込んだままもう一度蹴りを放った。しかし今度は室外機ではなく、瑞樹の横腹に突き刺さるようなスピードで蹴り込んだ
「がはッッッッ!!」
「舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!」
強烈な一撃を放たれた瑞樹は壁に叩きつけられ、全身の力が抜けると同時に地面に倒れる。それと同時に握っていたお守りが手から離れてしまい、路地裏の湿った地面の上に落ちる
「オイオイ!兄貴怒らせんのはまずいっすよ??」
隣にいた坊主の男が煽り立てるような口調で同調する
瑞樹は蹴られた脇腹を片手で押さえ、ゆっくりと立ち上がる。しかしあまりの痛さ故、膝立ちするのが限界だった
すると坊主の男が瑞樹に近寄る
「俺らの縄張りに入ったんだから!入場料くらい払ってくれてもいいんじゃねぇか?」
坊主の男は目の前でしゃがむと手のひらを前に出してきた。要するに「ここに金置いてさっさと失せろ」って意味なのはすぐに分かった
だが、生憎瑞樹は今、財布どころか一銭のお金もない。あるのは地面に落ちてるお守り。ただそれだけだ
「私…お金なんて…」
瑞樹は顔を上げ、首を横に振る。その表情はわずかに泣きそうな表情だった
「はぁ?金がねぇ?ンなハッタリ通用するとでも思ってんのか!?オメェ脳みそねぇんじゃねぇか!?」
「ひぃっ…」
当然坊主の男は目の前でガン飛ばしながらキレ散らかす。瑞樹は思わず萎縮してしまう
「兄貴!このアマどうしちまいますか!?」
「あぁ。教えてやれ。俺らに歯向かうと、どうなるか…」
「わかったっす!」
坊主の男はよっこらせ、と腰を上げ瑞樹を見下す
「えちょっ!?」
「思い知らせてやるぜ!!」
坊主の男が拳を振り上げ、瑞樹に向かって放たれる
瑞樹は拳の恐怖から少しでも逃れるため、目を思いっきり瞑る
(あーもう最悪!恨むよ神様!!)
だがその時…!
コツンッ…と足音が聞こえた
男は拳を瑞樹の顔数十センチ手前のところで止め、足音の聞こえた路地裏の入り口の方に目をやる。瑞樹もその音に気付き、振り返ると……
そこに居たのは緑のコートを羽織り、縦長のバッグを背負った茶髪の男だった
その男は一定の速度で足音を鳴らしながらこちらに近づいてくる
「オメェ…誰だよ!ここは俺らの縄張りだ!これ以上近づくんならぶんなぐ…っておい!止まれって!」
坊主の男は怒号を放つが、それに一切怯まず、歩くスピード、表情何一つ変えずこちらに近づいてくる。まるで男たちのことを認知してないかのようだった
「オメェ……」
坊主の男は少し怯むが…
「最後通告だ!その場で止まれ。さもなくば…殺す」
後ろにいた男はようやくポケットから手を抜き出し、鋭い目つきで男にそう言い放つ。男の腕には数多くの金属製の指輪がはめられており、あたかもメリケンサックのようだった
一方瑞樹は2人のチンピラが、突如現れた謎の男に気を取られている隙に、痛みを必死に押し殺して、おぼつかない足取りでその、「謎の男」のそばにまで駆け寄り
「あのっ!…た、助けてください!!」
男のズボンの裾を掴んで、上目遣いで懇願する。これには流石に男は立ち止まらざるを得ない
「……」
男はズボンを掴んでいる瑞樹を気にも留めず、ただ黙ったまま、地面に落ちている瑞樹のお守りのみ、じっと見つめている
しかしそんなことは気にしもせず2人のチンピラは止まった男に対して盛んに要求する
「…おい。今すぐ有金全部置いてその場から失せろ」
「ほら!ぱっぱと金出す!そうすりゃ命は助けてやんよ!」
「…」
だが男はチンピラたちを無視したかのように、瑞樹の方に目線を落とし、尋ねる
「…あのお守りはお前のものか?」
「えっ?あっ…うん」
瑞樹は地面に落としていたお守りをのことを思い出し、静かに頷く
「…分かった」
男はそれ以上は何も言わず、目線をチンピラ2人に戻し、2人のチンピラを睨みつける。その切れ味はチンピラの比ではないほど、鋭かった
「な…なんだよ!兄貴の言ってること聞こえんかったんかぁ!?あぁ!?」
坊主のチンピラは憤怒を露わにするが、明らかに気迫に押され、ビビっている。もう1人のチンピラも流石に只者ではないと察した様子だった
そして…男はようやく動き出し2人のチンピラにゆっくりと近づいて来る
「テメェ…やる気か?」
それに呼応するかのように身長が高い方のチンピラは、拳を合わせながら男に近づく
独特な緊張感あふれる空気が漂う。瑞樹と坊主のチンピラは息を飲みこの戦いを見届ける
2人の距離が縮まるとチンピラはわずかに汗を垂らす。しかし謎の男は依然として表情一つ変わらない
そして…チンピラが先に拳を繰り出した
結末は一瞬だった
「無駄」
そう吐き捨てると、男はチンピラの拳を左手で華麗に受け流す。
「なっ……」
拳は空を切り、チンピラの表情が一瞬にして「唖然」に塗り替えられたそして…
ドゴッッ…と重量感のある音が路地裏に響き渡る
「うぐッッッッ!!!???」
男は右手でガラ空きのチンピラの腹部に向けて高速でパンチを叩き込む
あまりにも男のパンチが早すぎたが故、チンピラ何が起きたかわからないまま蹲って、崩れ落ちるように倒れる
瑞樹はその様子を見て、感心する
一方の、坊主のチンピラは「兄貴」と慕っていた男が瞬殺されたのを目の当たりにし、震え上がる
「あっ…あっ…ど…どうかお許しください!!わ、私はあの男に従わされてただけなんです!!金ならいくらでも出すから…!ど、どうか…どうかお慈悲を!!」
急に饒舌になった
「邪魔」
しかしそんな戯言聞き入れる間もなく、端的にそう言い放って、チンピラの顔面に拳をぶち込んだ
「うがッッッ………!!」
男は情けない呻き声をあげ、派手に地面に倒れ込んだ
「テメェ…覚えておけ…よ…!」
「うぅ……」
2人のチンピラは何とか立ち上がり、路地裏の奥の方へと一目散に逃げ帰っていった
この男は逃げるチンピラを追いかけるどころか見ることもせず、瑞樹の方を振り返る
そして男は吐息を漏らしながら近づいてくる。瑞樹は少しビクッとする
そして男が瑞樹の目の前でしゃがむと
「これ。お前のだろ」
そう言って、地面に落ちていた瑞樹のお守りを拾い上げるとそれを手渡す
「うっ…あっ…ありがとうございます…」
瑞樹はわずかに嬉しい気持ちの反面、あのチンピラを一撃で倒した男を目の前に震え上がりながら、渡されたお守りを手に取る
「良いお守りだな」
「えっ…あっ…ありがとう」
受け取ったのを確認した男はそう言うと立ち上がり
「…運命…だな」
そう意味深な言葉を呟き、路地裏を後にする
「えっ?う…運命…??」
その呟きは瑞樹に聞こえていた
「ちょっと!それどう言う意味!?」
そのことが気になって追求したが、彼は聞く耳を持たず、早歩きで立ち去っていく。そんな彼を追いかけようとするが、壁に手をつけながら立ち上がるのがやっとな程のダメージを負った今の瑞樹にそれはできそうになかった…
だが去り際に、瑞樹は気づいた
彼もまた、背中のバッグに同じお守りを付けていたことに……
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