#1 私の名前は北上瑞樹

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チンピラに囲まれ、謎の男に助けてもらった後も瑞樹は市内をうろちょろしたが、これと言った問題は起きず、午後5時まで時間が過ぎた頃だった 伏見から一通の電話が入った 電話は取り調べを受けた後で連絡用に伏見から貰い、使い方までもレクチャーしてもらった。が、電話が鳴った時は軽くパニックになっていた 電話の内容は至って単純 「警察署に来い」 それだけだった。瑞樹は断る理由もなかったので、それに従い、伏見のいる宮城県警察署まで足を運んだ 「ほんとに酷い目にあったんだから!!あの人がいなきゃ私死んでたかも!」 会議室のような場所に案内された瑞樹は回転椅子に座っている伏見に合うや否や、昼に起きたことを愚痴り始めた 出会った時はアーマー越しだったから分かりづらかったが、彼は黒髪で襟足が長く、僅かに髭も生えている。そして何よりイケメンである 「都心部の路地裏には気をつけろよ。あそこはの縄張りだからな」 警察である伏見は机の上に広げられた数多の資料用紙をまとめながらそう話す 「さかき…くみ?」 会議室内は暖房が効いていたため瑞樹は白衣を脱ぎ、用意されたパイプ椅子掛けてから、着席する 「あぁ。榊紫苑(さかき しおん)という男が組長をしてる反社勢力のことだ。平たく言えば悪事を働いて警察を困らせる奴らだ」 伏見はアホ気質な瑞樹にもわかる通りに説明する 「そんな悪い人たちなら捕まえちゃえば良いのに」 「そうしたいのは警察も山々なのだが…アイツらは慎重な上にから本拠地どころか犯罪の証拠すら掴めないから逮捕しようにもできない」 伏見は「はぁ…」ため息を吐き、頭を抱える。警察が「榊組」というものに手を焼いているという事は瑞樹でも分かった 「とりあえず…奴らには気を付けておけ」 伏見はチラッと瑞樹を見てそう言う 「は…はい!」 瑞樹が元気よく返事をしたのち、伏見は少し呼吸をおいて本題へと入る 「さて…本題だ。貴様は確か『重力に関する実験』をしてたんだったな?」 伏見は瑞樹に確認を取る 「そのことに関して、もう一度詳しく説明してくれないか?」 「わかった。『重力波生成装置』を使って膨大な重力エネルギーを生み出して、新たなエネルギー資源を産み出そうと人里離れた研究棟で実験してたんだけど…」 伏見は相槌を打ち、メモをとりながら話を聞く 「暴走した挙句、私と先生が…あっ先生ってのは研究機関の所長の人ね!…私達はその装置に吸い込まれて…気づいたらボロボロの研究棟に飛ばされて…今に至るってわけ」 「なるほど」 伏見のメモを取る手が進む。雑な字だがメモなんて自分が読めればいいのだ 「そのという人物もタイムスリップしたんだよな?」 「うん……でも装置に吸い込まれた以降は現代(ここ)に来るまで何も覚えてないから…先生がどうなったかはわかんない」 「そうか…」 伏見は一度メモを取る手を止め、瑞樹の話を真剣な眼差しで聞く 「あの廃墟には貴様以外いなかった。それに過去に『タイムスリップした人がいる』っていう事例を聞いたことがない」 「つまり…行方不明ってことかぁ…はぁ…」 瑞樹は少し落胆し、ため息をつく 「……あの実験は危険だった。重力専門の私でさえが何を引き起こすかわからなかった」 「…止めなかったのか?」 「私は止めようとした!…けど…上層部は『危険性』よりも膨大なエネルギーっていう『見返り』を選んで…計画を強行したの!」 「なるほど…ハイリスクハイリターンだったってことか…」 伏見はそうメモ帳に書き込むと 「さてと…こっからが本題だ」 そう呟いてペンを一度机の上に置く。そして手を組んで瑞樹に向けて話し始める 「実は今、が警察内に入ってきた。その噂というのが『重力による半永久エネルギー開発実験』の始動というものだった」 「っ…!」 瑞樹はその言葉を聞き、驚くと同時に固唾を飲む 「そして我々がその件の真相を突き止めるために調査を進めた結果、あの廃墟…貴様のいうが怪しいという情報を得たのだ」 瑞樹は静かに頷く 「その廃墟の調査のために我々武装警察隊が派遣されたところ……知っての通り貴様がいた。という所だ」 瑞樹はいつにもなく真剣な趣で話を聞く。 「我々はまだこの件に関しては調査中だ。我々が推測するに、貴様とこのは何か関係があるのではと睨んでいる。今後かつて行われていた貴様の言う実験と、この噂の繋がりが見えて来るかもしれない…もし何か分かったらその時はまた連絡するよ」 瑞樹はただ、もう一度深く頷く 「あと…それともう一つ」 どうやら伏見の話はこれで終わりではなかった 「余談程度に聞いて欲しいんだけど、実はあの廃墟からが見つかったんだ。ノートといっても、数枚の紙をまとめたものだがな」 そういって伏見は無色のクリアファイルを取り出し、その中から数枚のコピー用紙を取り出す 「我々の捜査にはあまり関係のないものだったが…貴様に見せれば何か手がかりが掴めると思って」 伏見は数枚のコピー用紙を机の上に広げた。そこには専門的な知識や計算式が書かれた紙を撮った写真が印刷されていた。瑞樹はそれをじっと見つめる。すると何かに気付いたのか瑞樹は驚いた表情を見せる 「これ…暁子(あきこ)が書いたノートだ…!」 思わず呟いた 「暁子?」 「うん!彼女は『佐藤暁子』って子でね、同じ研究機関にいた学者で私の友達でもあったの!」 瑞樹はわずかながら楽しそうに見えた。伏見はその様子を見ながらメモを取る 「あの子は私よりも若かったのに…すごく頭が良くて…尊敬してたんだ!」 「そうか…」 「まっ…多分もう死んじゃったと思うけどね」 瑞樹の顔に少し翳りが見えた。やはり80年後にタイムスリップして、家族や友人とも離れてしまったのはさぞ悲しいだろうと、メモをしながら伏見は感じ取る 「…他に分かることは?」 「他は全部、重力波生成装置の設計や計算ばかりだから…多分伏見さん達警察が捜査してることとは関係ないと思うけど…必要なら教えるよ?」 「いや結構」 首を横に振りながら伏見はペンを置き 「佐藤暁子か…良いことが知れた。一応念のため彼女の子孫や周辺を探ってみるよ」 伏見はメモ帳をシャツの胸ポケットにしまうと席を立ち上がり、会議室の出口の方へ歩きながら話す 「これで調査はおしまいだ。もう帰ってもらっても構わない」 「あちょっと!私帰る場所が!」 「そうだったな。警察署の宿舎の一部屋を貸す。今後はそこで寝泊まりしろ」 伏見はそう言いながら目の前の扉を開ける しかし、すぐには部屋を出なかった。その代わりに、瑞樹の方へ振り返る 「…一つ聞き忘れてたことが…」 さっきまでの笑顔とは打って変わって真剣な顔で瑞樹に質問する 「貴様のいう『先生』とは…一体誰だ?」 「先生ね…私の所属してた研究機関…『大日本道又研究所』所長の『道又伍次郎(みちまた こじろう)』のことね」 瑞樹は俯いて話し始めた 「その人は私が重力科学に興味を持つきっかけになった人で、いちばん尊敬してる学者さんなの…(くだん)の計画を提唱したのも先生だった……私が実験を止られなかったのは尊敬している先生の実験に泥を塗りたくなかったから…ってのもあるわね」 伏見はその話を黙って聞いている。瑞樹からは普段とは違う、後悔、孤独、憂いの感情が 「…もしその先生を見つけられれば必ず君に連絡する…だから」 伏見はただそれだけ声をかけて、部屋を後にする 伏見が武装警察になってから、他人に気を遣う様な言葉をかけるのはこれが初めてだった。瑞樹に対してのと、瑞樹から寄せられる その二つが伏見井尚という男に「妙な親近感」というものを感じさせていた 一方部屋に残された瑞樹は結局どうすれば良いのか分からずじまいのまま、しばらく椅子に座ったままでいた 伏見の説明を聞いた限り、かつて行なわれていた危険すぎる実験…それが現代でまた再始動しようとしている 到底他人事ではない。瑞樹はかつて止められなかった結果、自分と先生の身を危険に晒した実験を… (今度こそ…止めてみせる…) 瑞樹はそう心に誓った
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