腐死身の末路。

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****年、※※世紀。 アフリカ州をはじめとした発展途上国での人口爆発で、世界は急速な食糧難に陥った。先進国、途上国関係なく、資本主義、共産主義も関係なく、世界中で飢餓が発生した。 それは歴史上のどんな飢饉よりも悲惨で、地獄絵図だった。 私の小さい頃は、そういう時代だった。 家族は私以外空腹を苦に自殺した。代謝が悪く、小食だった私だけが生き残った。1人で生きることは、辛く、孤独だった。何度も死のうと思った。けど、怖くて怖くて、結局のらりくらりと生きている。 けど、もういいと思った。 だからここにきた。                 * 「こんにちわあ」 間延びした声が響いた。「いらっしゃいませ」じゃないところがここらしい。 ここはーー 「死」を提供してくれるお店だ。 いわば、昔でいうデリヘルとかだろうか。政府・司法に見放されたグレーゾーン。社会の陰の部分。いけないとは分かっていても、抜け出せない快楽施設。 ここは、そういうところだ。 「ここを利用されるのは初めてですかあ?」 いや初めてに決まっているだろうが。人は何度も死ねないだろう。 「いえいえぇ、ここに来ては死ぬのをやめて、でまた戻ってくる方も中にはい らっしゃるんですよう。まあ稀にですけど、何度も死ににくる人もいますね。」 「はあ……」 訳がわからない。しかも微妙にイラつく喋り方だ。 まあいい。ここに来たのは、死ぬためであって、店のリサーチをする為ではない。 「兎に角、初めてです。さっさとお願いします。」 「はあい、分かりましたあ。まず、必要書類に記入をお願いします。」 そういって、受付の女が何枚かの紙を差し出す。ーーこんな世界になったのに、ここは贅沢にも紙を使っているのか。しかも、ざらつきの無い、綺麗な紙だった。 えーと…まず、名前と生年月日、か… 「すみません、これって必須ですか?」 「申し訳ありませぇん、今お渡しした紙は原則として全て記入していただかな  ければならないんですよぉ。とりあえず、せめて名前生年月日くらいは書いて  欲しいですねぇ」 …渋々ペンを手に取り、欄に記入する。まったく、慇懃無礼な物言いだ。 次は、……志望する死因。 1番楽そうなやつがいいが、体験したことがないので分からない(当たり前だが)。首吊りが結局1番という話もあるが、個人的にあれは絶対苦しいと思うのだ。しかも身体の穴から体液が出てくるらしいし、死後汚いのもなんだか気分が悪い。…悩んだ末、密室での毒ガス注入にした。個人ではとてもではないができないし、猫や犬の殺処分と似たようなものだから、大丈夫だろうと踏んだのだ。自分は何もしなくていいので楽だし。 次は…え? 「あ、、の、すみません、これってーー《《死体の使用方法についての希  望》》ってーー」 流石に困惑した。 1.食糧  2.移植  3.燃料  4.衣類  5.使用を希望しない  6.その他 と、書かれていた。 「ああ、それはお好きなもので構いませんよぉ。あと、使用されて欲しくない体  の部位があれば備考欄に記入をーー」 「いや、そうじゃなくてーー  え?自分の死体は、埋葬とか、適当に処理されるんじゃないんですか?」 「いやぁ、そうして欲しいならぁ、5を選べばいいだけですよぉ」 「え?いやーー」 うまく言葉が紡げない。5を選ばなければ食糧にされたり、燃料にされたりする?人間の死体が?それはーー…それはーー…… 人道的に、許されることなのか? 「許されますよぉ。なんなら、ですよぉ」 「………え」 「ここだけの話ぃ、政府も困ってるんですよぉ。人口増加に食糧難。人口が勝手  に減ってくれればいいのに。けどそんなことありえない。じゃあ政府が人工的  に人口を減らすか。それもできない。だからこのお店ができたんですよぉ」 政府の黒い仕事を。 人の暗い要望をwelcomeすることが。 このお店のお仕事なんですよぉ。 彼女は言った。 世間話のように。こともなげに。 「わたしのおすすめはぁ、1ですよぉ。人口も減らせるし食料も増やせるなん  て、一石二鳥じゃぁないですかぁーー」 ばんっっっっっ 「ふざけるな」 机を叩き、書類を受付に投げつけた。ひらり、ひらりと、真っ白な、不愉快に真っ白な紙が、空中に舞う。 「こんないかれた店に自分の命を預ける気はない。もういい。帰る」 「えぇー、そんなぁーー」 「お待ちを」 と。 突然、凛とした、冷静な声が響いた。ふざけた調子の女が一瞬で黙った。 「この度は、うちの職員が大変不快な思いをさせましたこと、心よりお詫び申し  上げます。ご不便、ご不満がございましたら、力不足では御座いますが、現在こ  の店の代表を務めさせていただいております、戸羽が対応させて頂きます」 とても紳士的な、柔らかな物言いだった。全身艶やかな黒のスーツに、上品に整えられた黒髪。全身から只者ではないオーラが溢れ出ていた。こんな世界で、人はまだこんなにも着飾れるのかと驚いた。 「よろしいですか?」 上目遣いで、じっとこちらを見上げてくる。 「……はい、分かりました。ちゃんと、説明してもらえるなら。」 私は、少し悪くなった気分を戻せず、しかし椅子に座り直した。 「まず、弊社の業務についてご説明します。  弊社では、『死』を提供するサービスを行っておりますが、その死後の死体の  処理も仕事なのです。政府から任された。」 「政府から……」 「はい。あまりお話しはしないのですが、うちの職員が話してしまいましたの  で、お客様には。我が国の政府は、少しでも食糧難を解決するために、新たな食  糧として、を考えたのですよ。もちろん、個人ーー故人の意思が  1番に尊重されますが。なので安心してお休みになってください。使用を希望  されない場合には、丁重に、弔わせて頂きます。  僭越ながら、私としては、弊社のサービスを利用してお眠りになることをおす  すめ致します。個人で自殺した場合、死因にも依りますが、問答無用で食糧、不  可能な場合は燃料にされかねませんから」 「だからってーー人間を喰うなんてーー」 「ですが、お客様も」 すでに、召し上がっていらっしゃいますよね? ご家族を。 「ーーーー!な、」 「お話を聞かせて頂きましたが、幾ら代謝が悪いと言っても人間。食べなければ  餓死します。それでもお客様が生き延びていらっしゃるのはーー」 ご家族を、 お食べになったからでしょう? 「ーーっだからって、そんな断定は」 「申し訳ありません。私には判るものでして」 「わ、判る?」 「体臭、瞳孔の開き具合、瞬きの回数、目の充血、そして体毛の具合ーーそこから  判ります。ーー私にはそういったスキルがございまして。」 「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 断罪、されている? 分からない。けれど、じわじわと、ザワザワと、精神的に追い詰められていくのを感じる。 「いえ、別に人を喰ったことを責めは致しませんよ」 男は、私の心を見透かしたようにそう言った。 「仕方ないですよね、飢えた状況下、極限の状況下で、食べ物がないんですか  らーー家族を食べれば、食糧には困りませんし、分け合う必要もなく独り占め  できますから一石二鳥ですし」 弁解が、弁護が、ジリジリと私を崖っぷちに追い詰める。 わたしはーーーーーーーーーーーーーーーーー 「どう、なさいますか?」 男ーー戸羽といったかーーが尋ねてくる。 「あ……あ、あ…………」 心臓が早鐘を撃つ。この気持ちはなんと言えばいいのだろうか。自分はーーー 「じっくりお考えになってください」 ぽふん、と、優しく、しかし重く、戸羽は私に書類を手渡した。 駆け出るようにして店を飛び出す。 「う、わ、あ、」 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ あああああああああああああああああああああああああああああああああああ 「おい、誰か倒れてるぞ」 「本当だ、大丈夫かな」 「うわ、死んでるぞ」 「腹、減ったな」 「「ちょうど良かったね」」 「代表ぉ、あれでよかったんですかぁ」 「?何のことですか?」 「まったく、私のことを貶しといてぇ、戸羽さんの方が酷いこといってるじゃあ  ないですかぁ。ほんっと、失礼しちゃうぅ」 「まあまあ、いいんですよ」 「何がですかぁ?」 「彼はことをお望みでしたからーー罪を1人で背負っていて  は、重いでしょう?だから、一緒に私が背負って差し上げたのですよ」 「もう、ほんっとにーー」 性格が悪い。
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