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その日は本当に暑くて、首筋に張り付く髪の毛や額から瞼に垂れる汗が目に染みて鬱陶しかった。
夏目は自分の名前に夏がついていることを悔やむくらいには夏が嫌いだ。蝉はうるさく吐息すら熱く肌に張り付く服も鬱陶しい。
あまりの暑さで目が覚めたとき、夏目の髪は風呂上がりのように濡れていた。弱々しく動いていた扇風機は今や沈黙し、開いた窓からは夜風ひとつ入ってこない。
男の家に行っているのか、母はまだ帰っていなかった。
台所でコップ一杯の水を飲み干す。口からこぼれた水を汗ばんだ二の腕で拭き、時計を見た。午前二時。蝉は死んでいる。
夏目は上のシャツを着替えると、鍵とスマホだけ持って家を出た。
頭上の暗闇には、コンパスで描いたような月が浮かんでいた。
外に出ようと熱さは変わらない。熱気が満ちた夏の夜を、夏目はひたすら自転車で走り回った。パタパタ揺れるシャツの隙間に、夜風が吹き込んでくる。涼しくて気持ちがよかったが、気分は一向に上がらない。
これといった目的もなく夜を走り回るのは、夏目の習慣だった。
夏目には友人も彼女もいる。けれどそいつらと一緒にいても、孤独だけは埋められなかった。
母はほとんど帰ってこず、時々顔を合わせても、ろくに話もしない。大抵は男に媚びた顔か苛立ちに歪んだ顔をしていて、八つ当たりに物を投げてくる。
夏目は母が嫌いだったし、自分しかいない家も嫌いだった。かといって友人や彼女のことがそこまで好きでもないので、孤独をそのままの形で受け入れることにした。
誰にも干渉されないことは虚しいが、何物にも干渉されない夜に限ってはそうではない。孤独が馴染み、一つになる。夜は誰にも支配されないものだ。
その日も夏目は、思うがままに夜の街をさ迷った。コンクリートに蠢く虫や街灯に群がる蚊をいくつか通り過ぎていく。昼間はエンジンとクラクションで騒がしい大通りも静かなものだった。
あてもなく道を曲がり、進み、人気のない路地裏を過ぎる。その内、不自然なほどに明るい箱が見えてきた。コンビニだ。
大型トラックも、たむろするガラの悪い連中も見当たらない。
ただそこには一人、車を止めるロック板に腰掛ける男がいた。まるで孤独そのものだ。
コンビニから漏れ出す白い明かりを背負った男の頭髪は傷んだ赤をしていた。触れるまでもなく軋んだ色に見覚えがあり、夏目は自転車を止める。
そいつはクラスきっての問題児、二嶋だった。
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