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思わず周囲を見回すも、それらしい人影はない。怪訝に思い耳を澄ませると、その声が少し遠い、タワーマンションから聞こえていると気づいた。
──チェレの耳は常人よりとがり、集中すればピコピコと犬猫のように動く。
さらに声でおおよその位置を捉えたチェレは、その方向をじっとりと凝視した。
「子どもならともかく、大の大人がこんな時間に叫ぶなんて、いくらなんでも近所迷惑な……」
眉間を顰めると、中層階でベランダの縁にしがみつき、泣き叫んでいる女性が見える。普通の人間の目では、視認できるはずもない距離だ。
「もうヤダこんな生活―!! いつまでこんなの続けなきゃいけないの! もうヤダー!!」
身も世もなく泣き伏している姿を認めると同時にその言葉すらもよりはっきりと聞き取ったチェレは、しばし無言で遠目に眺めたあと、にんまりと目を細めた。
ちろりと赤い舌を出し、乾いた唇を舐める。
「なにがあったか知らないけれど、そんなに生きているのが辛いなら──少し眠らせてあげましょうか」
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