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トンと爪先で地面を蹴ると、チェレの体は綿毛のように中に浮かぶ。太ももから下に無数のコウモリの羽を生やした彼女は、踊るように月の影を横切った。
次の瞬間チェレは、泣き叫ぶ女の眼前に立っていた。
恐らく女が最初に目にしたのは、チェレの靴の爪先だ。
泣きながらしがみつくベランダの縁に突如として現れたそれに、彼女は叫ぶのも忘れてしばらく見入っている。
自分の見ているものがなんなのか、理解できずにいる様子だった。
しかしやがてそれが靴の一部だと理解し、さらにそれから足が映えていることに気づいた女は──ゆっくりと顔を上げ、チェレを見つけた。
ゆるい弧を描いた目は、夜だというのにはっきりと赤く見える。色素の薄い金髪がわずかに解け、強く吹き抜けていくビル風に流れるのを、女は何度も瞬きをしたまま見つめていた。
「あ……え?」
きょろりと周囲を見回した女の心情は理解できる。突如として人間が現れるわけがない場所に、当たり前のようにチェレが立っているからだ。
混乱による沈黙を幸いに、チェレはにこやかに口を開いた。
「こんばんは。終わらせてあげましょうか? その悩み」
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