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よいちくん。
「すみません、そこの人」
「はい?」
その日僕は、ある人に学校の門の前で声をかけられた。他にもたくさん子供がいるのに、どうして僕みたいなのに声をかけたんだろうか。
言ってはなんだけれど、僕は小学三年生のわりにチビだと言われるし、顔だってイケメンとは程遠い地味顔だ。眼鏡をかけているので、のび太君、なんてあだ名をつけられることもあるほどである。
なんだろうと思って振り返ったところで、思わずゲッと声を上げそうになってしまった。長くてぼさぼさの灰色の髪。顔の大部分が隠れていて、全然前が見えていない女性。かろうじて見える唇は紫色で、がさがさにひび割れている。どう見ても不健康で、それこそ幽霊が化けて出たのかと思ったほどだったからだ。
「ど、ど、どちらさま?」
まだ秋口。半袖でいる生徒もちらほらいるような季節。それなのに彼女は茶色のボロボロのコートを着込んでいた。近づくと、ぷん、と水が腐ったような臭いが微かに漂ってくる。鼻をつままなかった自分をほめてほしいほどだ。
「突然、すみません。私、人を探してるんです」
「は、はあ」
「真壁世一くん、という子をご存知ありませんか」
「え」
女性が暗くて沈んだ声で告げたのは、僕も知っている名前だった。
何故なら“まかべよいち”、は僕のクラスメートだったからだ。だが。
「し……知りません」
大人に口がすっぱくなるほど言われていること。不審者に、余計な情報なんか与えるべきではない。例え僕が、世一少年と特に親しいわけでないとしてもだ。
「そう」
僕のあからさまな動揺に気付いたか気づいていないのか。彼女はあっさりと引き下がった。相変わらず陰鬱な声で、僕にそう告げたのである。
「じゃあ、思い出したら教えてください」
僕が何かを言うより先に、彼女は踵を返して去っていった。一体あれは何なのだろう。ただただポカーンとして、その背中を見送るしかなかったのである。
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