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「おらああああ!びっちゃびちゃ、濡れ魔人ー!」
「ぎゃははははは、バッカでー!」
さて、その世一少年がどういう人間かというと。
彼は朝っぱらから、男子トイレで他の生徒たちとふざけているわけである。びしょびしょに濡れたモップを怪人に見立てて、ヒーローキックなんかをかましている。小学三年生になって、まったく子供ぽいといったらない。トイレを覗いた僕は呆れるしかないのだった。
「世一、ちょっといい?」
「あ?なんだ?」
丁度そのタイミングで、世一のパンチがモップの柄に当たった。かたん、と大きな音を立ててモップが倒れる。トイレ掃除は、現在高学年にしか任されていない。用具入れに入っている道具の数々に触るなと先生にこの間叱られたばかりだったのに、彼らはまったく凝りていないらしい。
一部の道具は古くなっている。壊れたら責任を取らされるのは彼らの親なのだが。
「あのさ、世一って、女の人の知り合いいる?」
彼とは特に仲が良いわけではないが、悪いわけでもない。グループワークで一緒になれば普通に話すし、一緒に係の仕事をしたこともある程度の仲だ。ただ、今日の朝の出来事は気になった。不審者がもし彼を探しているというのであれば、本人にも注意喚起しておいた方が無難だと思ったのだ。
「今、学校に来る時にさ。変な女の人が校門のところに来たんだよ。髪が長くて、痩せてて、背がちょっと高くて。で、僕声かけられて。真壁世一くん知りませんかーとか言われて。……この学校で、まかべよいち、なんて名前なのお前くらいだよな?」
「多分な。同姓同名には会ったことないしー?」
「じゃあ、やっぱ探されてんのお前じゃん。心当たりある?」
「うーん」
世一少年は友人たちと顔を見合わせて唸る。ちなみに彼は特にイケメンというわけではないが、背はクラスで一番大きい。高学年と間違えられることも少なくない。まあ、やってることはこの通り、幼稚園児かよ!と思うくらい幼稚な遊びではあるのだが。
「知らねえ」
世一はあっさり首を横に振った。
「大体、その特徴だけでわかるわけない」
「茶色のコート着てた。顔は、髪で隠れててわかんなかった。サダコみたいで」
「余計わかんねーって。そんな暗い知り合いいねーもん。うちの家族とか、みんな明るいしー」
あはははははは、と世一は笑い飛ばした。そして、なあなあ、と僕に手招きして言う。
「志岐もやんねー?誰が一番、エルダーマンの必殺技再現できるかテストしてんのー。面白いぜ」
「や、やらない。いい」
「そっか、残念」
じゃあ再開!と彼はあっさり僕の存在を忘れてモップを立て直した。一体その遊びの何が楽しいんだろう、と僕は首を捻る。
なおそのあと。案の定彼は、モップの先端の金具を折ってしまい、先生に大層叱られることになるのだった。まったく、道具は大事にしろと教わらなかったのだろうか。
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