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嵐の中の目覚め
夜更けから降り出した雨は、いつの間にか強くなっていた。誰かに声をかけられた気もしたが、全身がだるく起き上がる気にもなれなかった。わかるのは、激しく降り注ぐ水飛沫と何んとも、言えない暖かさだけである。もう少し、寝ていたいと思っていた。ここは、何処かの大きな木の鱗であろうか。本能的に、ここは、安心だと思えた。雨水が、頬を伝い、それが、涙なのか、わからなかった。どうして、ここにいるのかも、わからない。わかるのは、そこが安心できる場所だということだけ。
「いい加減、起きろよ」
それは、言った。
「気持ちは、わかるけど」
もう一つ?のそれは行った。何処からともなく、吹き荒ぶ嵐の中、「かごめ、かごめ・・•」の童歌は続いていく。ここは、荒れ果てた小さな神社。朽ち果てた社が寄り添うように古木の影に立っていた。年齢は、10代位の細い少年が、古木と社の間に倒れていた。かろうじて、体は、古木に隠れるように嵐から逃げることは出来ていたが、投げ出された頭は、嵐にもまれていた。庇うように、何か2つの影が、少女と見間違えるような少年の頭を守っていた。
「そろそろ起きてくれないと、俺たちも」
少年の頭を守っていた小さな闇が呟いた。
「消えてしまうよ」
少年の頭の陰にいた、もう、一つの闇が行った。
「阿!消えてしまうのも、契約だから、俺達は、仕方がないんだ。」
頭を守っていた闇がもう一つに言った。
「吽。どうして、いつも、諦めるの。紫鳳は終わっていない。まだ、消えていないの」
阿と呼ばれた闇は、その体から、ほんの少し細い腕とおぼしき物を差し出した。闇の中から、出た両腕は短く頼りなさげな爪が伸びていた。ぼんやりと痛々しい傷が、見え隠れしている。
「紫鳳起きて!お願いだから」
嵐と共に稲妻が、闇土に突き刺さった。咆哮が、響き渡り、阿の両腕は紫鳳の両頬を包んでいた。切ない咆哮が稲妻と共に、空気を震わせていた。
「ん。。。。」
紫鳳が少しだけ、声を上げた。まだ、朦朧としているらしく瞼をピクリと動かすのが精一杯だった。だが、目覚めを待ち侘びていた2つの闇には十分だった。
「紫鳳!」
突然、闇から1匹の犬が飛び出してきた。小さな足の短い犬は、紫鳳の顔に飛びついた。
「吽!止めてよ。」
もう、一匹の犬も、闇から飛び出してきた。2匹とももつれ合いながら、紫鳳の顔に飛びついた。
「うわぁ!やめろ」
ようやく、紫鳳と呼ばれた少年が目を開けた。横に、雨が打ちつける中、闇に3つの姿が浮かび上がった。稲妻は、行くつも。光の矢を地面に突き刺していた。細い少年の姿は、幾つもの傷に覆われており、腕に抱いた剣は、真っ二つに折れていた。着ていた衣類は、幾つも、縦や横に裂けており、生々し紅い色に染まっていた。
「いてて。。」
紫鳳は、両手で顔を覆った。
「まだ。。何とか、消えずにいるみたいだな」
2匹の子犬が、長い舌で、紫鳳の顔を舐めた。
「止めろって。」
ふと、紫鳳は、眼を下に下ろした。
「また。。。犬に戻っちゃって」
光が目の前で弾けた。照らし出された姿は、2匹の小さな子犬である。激しく闘った後らしく、紫鳳と同じく幾つもの傷に覆われていた。
「もう、元に戻れないかもだよ」
吽と呼ばれた子犬が答えた。
「後。。。どこまで、持つか」
「いつも、マイナス思考よね。吽は」
もう1匹の子犬が、声を上げた。
「紫鳳。早く、追わないと。私達は、消えてしまう。その前に、助けないと」
紫鳳は、ゆっくりと顔を上げた。
「そうだよな。。。」
長い前から、覗く右目が淡く銀色に、輝いた。
「俺達、式神庇って、消えるなんて、本末転倒だよな」
いつの間にか、嵐は収まっていた。稲妻だけ、遠くなっている。
「術師だけ、連れて行くなんて、裏に、絶対、何か、ある。」
守りきれなかった悔しさが、紫鳳にはあった。
「このまま、消えるか。助け出して消えるか」
阿が見上げながら言った。
「主人を助けるのが、私達の存在の意味よね」
「そうだよな」
紫鳳はゆっくりと立ち上がった。
「もう一度、後を追いかけるぞ」
阿と吽が、勢いをつけて紫鳳の足元に飛び降りた。
「紫鳳の契約は、主人を守る事。紫鳳を守るのが、私達の役目」
二つに折れた剣の先から、黒くなった血が、滴り落ちていた。
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