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一通り吐き切った後もげーげー胃液を吐いていたせんぱいは、隣の自室に戻ったもののベッドの上から動けなくなってしまったらしく、結局仕事帰りのみっつんに回収されて行ってしまった。
おうおう古嵜ぱいせんをどこに連れ込む気なんですかァ!? なんて威勢のいい言葉は微塵ものどを通って出てこなくて、アタシは始終顔面蒼白でおろおろするばかりだった。
だってそんなまさか……そこまでヤバいやつだったなんて、思いもしなかったのだ。
しかも真っ青な顔のせんぱいはなんていうか、あの雪のド田舎から奪還してきた日と同じくらいしんどそうだった。なんならあの日の方がマシかもしれない。だってアタシがゴリゴリに揺れる車の中で眠っているせんぱいの手を握ったときはもう、スミちゃんの除霊は全部終わった後だったから。
せんぱい大丈夫かな。せんぱい病院に行ったかな。霊障って病院でなんとかなるの? お薬効くの? でも吐いた分くらいは点滴で補充できる? どう? どうなの? こんなことならみっつんの連絡先残しておけばよかったなんで消したのいやだってぇみっつんとせんぱいが喫茶店でチーズケーキデートしてたからイラっとしてSNSに八つ当たりするしかなくてぇ……!
「さゆりんちゃん、あのね、落ち着きなって……こまどちゃんは確かに障りを受けやすい体質だけど、それで死ぬこたぁないからさ」
さっきから立ったり座ったり台所に行ったり帰ってきたりを繰り返しているアタシの耳に、呆れたような家主の声が届く。
スミちゃんは余裕の苦笑を浮かべながら、薄っぺらい布団に横になって腕で頭を支えていた。
「落ち、つける、わけが、ないでしょうが! ばか! アタシのばか! こんなとこになるなら! バイト先全滅しようがスミちゃんなんかに頼まなきゃよかったんだうわーーーーん!」
「いやそれはそれで駄目だと思うけどねぇ……ま、人類皆平等に扱えるわけないんだし、こまどちゃんにそんなに心配してくれる友達が居ることはいいことだよ、うん。ぼかぁそういう存在皆無だったからなぁわはは!」
「スミちゃんの笑い声響くからほんと勘弁していま元気につっこんでる余裕ない……」
「きみは本当にストレートに感情を言葉にしちゃう人だよなぁ、笑える余裕があるって判断しておくれよ。……お、みっちゃんから連絡きたぞ。こまどちゃんは信頼できる場所でしばらく療養するってさ」
「良かっ……え? 良くなくない? 信頼できる場所? ってなに? まさかみっつんの家じゃなかろうな……?」
「ぼく的にはみっちゃんの家は安全でいいんじゃないのと思うけど、知り合いの寺とか神社じゃないかね。穢土調整課はそういう場所に詳しいしコネも伝手もあるだろうからなぁ。こまどちゃんは神仏系にやたらと気に入られやすいからそういうところの方がいいよ。……つっても、そういう育てられ方をされたからだろうけどね」
「あー……せんぱいの、えーと……妹君とドンパチしたカミサマもどきって、まだせんぱいのストーカーしてるんですっけ……?」
「半分神仏みたいなやつはね、さすがの■■でもなかなか喰い切れないもんだ。でもそれのお陰でたぶん、今回は助かった」
「……どういうことです?」
「こまどちゃんはね、ある意味では守られてるんだよ。ぼくが■■の棲み処であるから、■■にはとり殺されないのと似ている。こまどちゃんはまだアレの婿候補なんだ。だから、横取りされそうになるとアレはこまどちゃんを守る。自分の獲物だからね」
「おえ。……聞きとうなかったそのえぐい三角関係みたいな小話……」
「大事なことじゃないー? ていうかぼかぁね、こまどちゃんに最近よく言われるからね、『それ最初に言ってください』ってさぁ。だから面倒だけどね、一応知ってることはなるべく口にするように善処してるんだよ、これでもね」
こまどちゃんが、言うからさ。だって怒るんだもんさ。
そう言いながら携帯を置いたスミちゃんは、珍しく人間っぽい顔をしていて、アタシは少しだけ安心した。スミちゃんは、結構ちゃんとせんぱいを大切にしているんだ、と思い至ったからだ。
荊禍栖が大切にしている人間を、みすみす死なすわけがない。たぶん、このひとはとても強い。霊能者に順位とかランクとかあるのかわからんけど、スミちゃんはきっと少年漫画なら『ナンバースリー』とか『四天王』とかにランクインしちゃうくらいバリつよなんだろうって思う。
強いけど、ただ強いだけの人。
アタシはなんとなくそう思っていた。助けてって言えば五千円でどうにかしてくれる何でも屋さんだと思っていたのだ。
でも、スミちゃんは携帯の画面を見て、あからさまにほっとした。隠すのが下手なだけなのか、それともそれが精いっぱいの感情表現なのか――ほんの少しだけ、眉を落としたのだ。
あ、心配してるんだ。
そんでいま、安心したんだ。みっつんからの連絡で、せんぱいが無事ってわかったから。
えー……なんか、意外だ。
アタシは本当にこの胡散臭い霊能者のことを、せんぱいを悪の道に引きずり込む詐欺師だと思っていたからだ。
ということを思ったまま口にすると、珍しく遺憾そうな顔をしたスミちゃんがひどいなぁと口を曲げた。
「なんできみはそう、うーん、全部言っちまうのかね……本当にこまどちゃんと足して二で割ってちょうどいいくらいじゃ――いやいや、二じゃ多いぞ? 三で割るくらいで人並だ」
「お、アタシが一般人より二倍うるさい的な表現か? わかりにくい比喩ぞ? でもせんぱいと一回合体できるならそれもあり……」
「ないでしょうよ。つっこむのって疲れるんだからね、こまどちゃんが帰ってくるまではほどほどにしてほしいもんだよ」
「……帰って来れます?」
「んー……どうかね。ま、この案件が片付くまでは無理だろうよ。隣の部屋でもダメだったんだ、さゆりんちゃんからきちんと祓い終えるまでは近づかせるわけにはいかないね。まあとりあえず今晩呪われ代行してみるけどもー……」
実は、困ったことがある。
だるそうに身体を起こしたスミちゃんは、珍しく真面目な顔でそう切り出す。
「困ったことイズ何です? それアタシにどうにかできることです? こちとら霊感マイナスですけども?」
「霊感は関係ないかな。何よりぼくだって大した霊感持ちじゃない。ないよりはあった方が都合もいいだろうが、うーん……安楽川さんが見えるなら問題ないか」
「あのおばちゃん幽霊は誰の目にも見えるのでは……? あの自己主張の激しさを基準にしては駄目なのでは……?」
「わはは、確かに自己主張は激しいな、存在感のうるささはさゆりんちゃんとどっこいだ!」
「え、あれと一緒にされるのはさすがに遺憾……」
「今日は遺憾ばっかりだねぇさゆりんちゃんは。こまどちゃんは怒ってますって言わないからなぁ、なんだか新鮮だよ。で、話を戻すけど、こまどちゃんはきみの除霊が終わるまではこのアパートに出禁だ。そして今は夜の十八時で、ぼくの除霊は夜中の二時って決まっている。みっちゃんは今日はこまどちゃんの方についてるっていうし、ぼくもぜひそうしてほしいところなんだけども――」
「もう、なんなんですかぁ!? 結論! 結論から言ってくださいアタシちゃんは阿保で短気だからせんぱい以外とは緩やかなおしゃべり向いてないんですぅ!」
「え、結論から言っていいなら言うけど、ぼくの夕飯作ってくれない?」
「……………はぁ?」
助手が緊急搬送されちゃって困ってるんだ、と申し訳なさそうに首をかしげるスミちゃんに、アタシは何て答えただろう。なんかパニくっててよく覚えてないけれど、とにかく――カレーとチャーハンしか作れませんよ、という事実だけは告げたハズだった。
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