ある朝起きたら彼女が箱になっていた

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    「おいおい。あの神様、俺と浩子を間違えたのかよ……」  無意識のうちに、そんな言葉が口から飛び出す。夢と現実をゴッチャにしたくはないけれど、あの夢の神様が彼女を箱に変えたとしか考えられなかった。 「なあ、浩子。俺の声、聞こえるか?」  その表面を恐る恐る撫でながら、箱に声をかけてみる。発声器官がなくて声を出せないのか、あるいは聴覚すら失われているのか、一言も返ってこなかった。  つるつるとした心地よい手触りだ。贈答品用に使われる化粧箱と同じ材質みたいだ。箱のサイズを測ると、長さ五十センチで、幅と高さは二十五センチだった。 「元々小柄な浩子が、さらに小さくなっちまった……」  溜め息ひとつついてから、箱を開封してみる。  箱になった浩子を開けるのだから、これは彼女の体内を覗く行為に相当するのだろうか。それに、下手な開け方で箱を傷つけたら大変なので、細心の注意を払う必要がある。  二重の意味でドキドキしながら、それでも中身を確認。特に何も入っておらず、完全な空箱だった。  人間が箱になったら、喉の渇きや空腹感などはどうなるのだろう?  紙製の箱を濡らすわけにはいかず、何も飲ませることは出来ない。食べ物を入れるのは可能だが、消化できなければ腐ってしまいそうだ。 「ごめんな、浩子。俺だけ食べて……」  箱の浩子はベッドに寝かせたまま、久しぶりに一人で朝食をとる。 「それじゃ、浩子。行ってくるよ」  風邪で休むという連絡を浩子の職場に入れてから、俺は自分の勤め先へ向かった。 「ただいま……」  一日が終わり帰宅しても「おかえりなさい」は返ってこない。浩子はベッドの上で、相変わらず白い箱のままだった。  夕食も風呂も手短に済ませて、俺もベッドに入る。  下手に寝返りを打ったら潰してしまいそうで、箱と同衾するのはビクビクする。しかし箱になったからといってベッドから追い出すのは、浩子を人間扱いしてないみたいで可哀想だろう。潰してしまうという心配も、俺が気をつければ大丈夫なはず。 「だから今晩も一緒に寝ような、浩子」  白い箱に優しく語りかけながら、俺は眠りに就いた。  翌朝。  目が覚めた俺は、まず隣に目を向ける。  浩子が箱になるなんて悪い夢に過ぎず、普通に人間状態の彼女が寝ているのではないか。あるいは、たとえあれが現実だったとしても、一晩寝たら箱から人間に戻っているのではないか。  そんな希望を(いだ)いたのだが、期待は裏切られた。今朝も浩子は、白い紙箱という姿だった。 「おはよう、浩子」  箱に挨拶してベッドから出ると、昨日と同じように一人で朝食。浩子の勤務先に「今日も具合が悪くて休みます」と電話を入れてから、自分の職場へ向かう。 「ただいま……」  帰宅後の行動も、前日と同じだった。ただ一点だけ異なるのは、寝る前に乾いた布で浩子の全身を拭いたことだ。箱になってしまえば新陳代謝もなくなるだろうし、一日中ベッドで寝ていたから、汚れてはいないはず。それでも彼女は気にするだろうと思ったのだ。    
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