ある朝起きたら彼女が箱になっていた

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     さらに次の日の朝。  土曜日なので、俺も浩子も仕事は休みだ。箱状態で動けない彼女と一緒に、今日は俺も一日中(いちにちじゅう)部屋で過ごそう。あるいは、箱の浩子を(かか)えて散歩に出かけるのもいいかもしれない。たとえ箱になっても、たまには浩子だって外出したいはず。  そんなことを考えながら目を覚ますと……。 「浩子!」  思わず大声で叫んでしまった。  今朝の浩子は箱ではなく、元通りの人間の姿で、俺の隣に寝ていたのだ。 「うわっ、びっくりした。どうしたのよ、洋介……」  俺の声で浩子も起きたらしい。眠そうに目をこすっていた。  そんな浩子の様子を見るだけで、俺は胸がいっぱいになる。嬉し涙を滲ませながら、ギュッと浩子に抱きついた。 「ちょっと、洋介。朝っぱらから、いったい何なの? あら、泣いてるじゃないの。恐い夢でも見たの?」 「よかった、元に戻ってくれて……」  困惑する浩子に対して、俺はそれだけ言うのが精一杯。手放したらまた箱になってしまうのではないかと心配して、彼女の胸に顔を埋めながら、力強く抱きしめ続けた。 「本当にどうしたの? 『元に戻って』って何? 恐い夢の話?」  赤ん坊をあやすみたいに、俺の背中を優しく撫でてから、浩子は俺を引き剥がそうとする。 「なんだか知らないけど、そういうのは後にしてね。ほら、仕事に遅れちゃうし……」  彼女の「仕事」という言葉で、俺は顔を上げた。もしかすると浩子には、箱になっていた間の記憶がないのかもしれない。 「いや、その点は大丈夫。今日は土曜日だから……」 「洋介ったら、完全に寝ぼけてるみたいね。土曜じゃなく、今日は木曜日よ」  そう言って彼女は、枕元のデジタル時計を指し示す。カレンダー機能もついた時計の曜日表示は、確かに木曜日になっていた。 「なあんだ。やっぱり洋介、恐い夢を見たのね。でも恐い夢だけど、私が箱になるなんて、なんだかファンシーな夢じゃないの」  俺が箱の一件を説明すると、浩子は笑い飛ばした。それでこの話は終わりという表情で、朝食のトーストをサクッと齧る。  彼女はそんな態度だったので、俺はそれ以上何も言えなかったが……。  俺の方では、あれを夢とは思えなかった。夢にしては妙にリアルで、感触などもしっかり残っていたからだ。  だから俺は、最初の想定通り、あれは神様がやったことだと考えている。ただし「俺と浩子を間違えた」という点は俺の誤解で、おそらく意図的に浩子の方を箱にしたのだろう。「箱を丁寧に扱う」というのを俺に教え込むために、俺の最も大切なものを箱に変えてしまったのだ。  神様ならば、時間を巻き戻すのも簡単なはず。俺にだけ二日間の記憶を残したまま、世界全体を二日分、戻したに違いない。  そう解釈したので、俺はあれ以来、箱を丁寧に扱うようになった。二度と同じ目に遭いたくないからだ。  いや箱だけでなく、ボールペンやクリップのような文房具からテーブルや椅子のような家具まで、とにかく何でも慎重に使うよう心がけている。ある朝起きたら浩子がボールペンになっていた……みたいな事態を避けるために。 (「ある朝起きたら彼女が箱になっていた」完)    
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