可哀想 は 可愛い ~人質として嫁いだ王女は聖人君子な夫に毒を盛る~

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 私が誘ったお茶会の最中、夫は倒れた。  胸の苦しさを訴え、口から泡を吐きながら倒れた様子から、毒を盛られたことが分かった。  早急に胃の洗浄が行われたのだが、彼の意識は戻らなかった。  犯人は分かっている。  私だ。  私が夫のカップに毒を盛ったのだ。  しかし、 (昏睡状態になるほど入れていないはずなのに……)  白い顔でベッドに横たわる夫の姿を思い出すと、握った拳が小刻みに震えた。  私の憎しみが、あの男の優しさによって力を失っていくことが、怖くて堪らなかった。兄の死に顔を思い出すたびに罪悪感に駆られ、何度も何度も心の中で懺悔を繰り返した。  あの男の、微塵も変わらない穏やかな表情を少しでも崩すことが出来れば、私が燃やし続けなければならない憎悪の炎は消えなくて済む。  だから毒を盛った。  さすがに毒を盛られたとなれば、夫も私を憎むはず。聖人君子の仮面を取り払い、人間らしい怒りを見せながら口汚く私を罵り、突き放すだろうと。  結果、罪人として処刑されても後悔はない。  しかし敵国だった相手とはいえ、罪もない人間を殺す度胸はなかった。ルシ王国の民を無差別に殺したこの国の人間と同じでいたくはなかった。  飲めば数日、腹痛や身体の痛みに悩まされるだけ。  その程度の分量だったはずだ。  しかし夫は昏睡状態に陥った。  薬の量を見誤ったのだろうか。  そうとしか考えられなかったが、残った薬はすでに処分していたため、確認することは出来なかった。  皆が私に疑いの目を向ける中、夫は意識を取り戻した。  倒れて三日が経っていた。 「……失礼します」  呼び出しに応じた私を迎えたのは、ベッドの上で上半身を起こして窓の外を見つめる夫の姿だった。  白い肌と金色の髪が太陽の光に照らされている。  まるで後光が差しているかのように見えるその姿は、ついさっきまで薬で昏睡していたとは思えないほど美しかった。    怒りと憎しみで満ちていると思われた表情は、いつもと変わらない穏やかな笑みを湛えていた。 「悪かったね。せっかく君が準備してくれたお茶会だったのに、途中で倒れてしまって」  開口一番、申し訳なさそうに眉根を寄せながら夫は謝罪した。それを聞いた瞬間、私の中で押し止めていた何かが弾けた。 「どうして……」 「……え?」 「惚けないでくださいっ! 分かっていらっしゃるのでしょう⁉ 一体誰があなたに毒を盛ったのかを!」  相手が病み上がりだと分かっていながらも、私は夫の寝衣に掴みかかった。私を支配する怒りが、一体どこから来ているのかも分からなかった。 「何故……何故、私を責めないのですか? さっさと私を突き出せばいいじゃないですか! なのに、どうしてあなたは何も……変わらないのですか? 死ぬかもしれなかったのですよ⁉ なのにいつものように笑って……わから、ない」  気付けば涙が溢れていた。  彼に縋るように膝から崩れ落ちると、そのまま突っ伏した。  夫がどんな表情をしているかは分からない。  僅かに唸る声が聞こえたかと思うと、夫の手が私の髪に触れた。まるで昂ぶった私の気持ちを宥めるように優しく撫で続ける。  殺そうとした相手にする行動ではなかった。 「……私の祖国を滅ぼした、罪滅ぼしですか?」  夫の手が止まった。  軽く息を吐き出す音とともに、どこか諦めたような夫の掠れ声が降ってくる。 「それもある。だけど、それだけじゃない」 「では、他になにが……」 「幼い頃、君に助けて貰ったから」  七歳ぐらいだったかな、と笑う夫に、今度は私が動きを止める番だった。  思考が過去へと遡るが、夫と出会った記憶はない。私が初めてこの男と出会ったのは戦争が始まる数年前――確か十六歳ぐらいだったはず。  顔を上げると、夫は笑みの中に寂しさを混じらせていた。 
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