数メートルの深夜の散歩

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数メートルの深夜の散歩

 深夜の港近くの田舎町は、静か。  月は三日月、夜空を埋めつくす白く瞬く星々は今にも地上に落ちてきそう。  私の日課の散歩はわずか数分数メートルだ。  自分の店からおウチまでの数百歩が、親代わりだった叔父との思い出に浸る私のルーティン。  両親が事故で死んでから叔父は一人で私を育ててくれた。  私は父も母も覚えていない。  写真はあるけど実感も思い出もひとつもないんだ。  何しろ私が赤ちゃんの時に亡くなってしまったから。  私を引き取って叔父さんは後悔してなかっただろうか?  学校の授業参観なんかで叔父さんは私の父親じゃないと知られるとあれこれ言われたらしいけど、私にとってはあなたは紛れもなくお父さんだった。  叔父さんは子供の頃、天文学者か宇宙飛行士になりたかったんだって。  一度きり叔父さんが言ったことが私の心に残っている。  受け継いだお店はレストランバー、夜10時に店を閉め片付けて明日の仕込みをする。  帰る頃には寝静まる町。あたりは真っ暗になるからたまにちょっと怖いけど自分の店からおウチまでは目と鼻の先です。  そもそもこの道は叔父とたくさん歩いた道で。  イヌフグリたんぽぽ菜の花にさくら……、私は物知りのあなたにいくつの花の名を教わったでしょうか。  叔父さん、あなたに手を引かれ数え切れないほど通った道。  今でもあなたの広くて大きくて頼りにしていた背中を思い出したりするんです。  満天零れ落ちそうなひしめく星々、惑星が私を覗いてる。  叔父さん、自由になったのだもの。病気はあなたをもう苦しめないし私という重荷もいないから。  今頃は天国で宇宙飛行士にでもなっていて広い広い宇宙(そら)を眺めているでしょうか?  私が瞳を閉じればあなたの笑顔がまだ鮮やかだった。  午前0時すぎ、深夜の散歩――、あなたとのたくさんの思い出と流れ星が落ちてくる。  一つ駆け抜けた流れ星が仲間を連れてきたみたい。あとからあとから光の尾を描いて、幾つも幾つも眩く輝く星のシャワーは振ってくる。 「あっ……」  私は流星群に出会ったんだ。  偶然だね。  今夜だなんて知らなかったな。 「叔父さんも宇宙(そら)から流星群を見て喜んでるかな?」  地球の外から見たらどんな風に見えるんだろうね。 「叔父さん。私は元気になんとかやってます」  そう、夜空の流れ星たちに呼び掛けたら。  ひときわ輝きを放った流れ星が一つ、軌跡を描きながら、空のキャンバスを駆けていった。       了
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