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池田は首を振り動かし、公園の一角にできた植え込みに近づいた。
大きな木の根元に、あたかも隠すように置かれた黒いボストンバッグが目についた。池田はそばに佇み、固く閉じられたファスナーを見つめる。
やがて、背後から「おい」と声を掛けられた。振り返ると、池田より数歳上の、無精髭の目立つ男が、怪訝そうな顔つきで立っていた。「何してんの?」と問われる。
「バッグが置いてあったので、どうすべきか考えていました」
「それ、俺のだよ」
「あなたが落とし主?」
「そうだよ。昼間そこで昼寝して、忘れて帰っちまったから取りに来たんだよ」
「そうですか。落とし主さんならいいんです。ちょうど交番に届けるべきかどうかを悩んでいたので」
池田は数歩後退り、鞄から離れた。鞄を取りに来た男は持ち手を掴み、池田へ振り返る。
「なか、見た?」
「いいえ」
「本当に? 本当に見てない?」
「本当に見てません」
池田の答えが信用できないのか、男は眉を寄せ、疑いの眼差しを向けてくる。
「て言うかさ。あんたこんな夜中にひとりで何してんの?」
「月明かりの下の散歩です」
「散歩」とおうむ返しに呟き、男がまた尋ねる。
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