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こぼれ桜
『一生忘れないよ』
嬉しそうに君が微笑むものだから、喜ばせようとした僕の方がなんだか嬉しくなった。
月に照らされた頬を桜色に染めて、宙を見上げる君には、この時間も全て無かったかのように、夜に呑み込まれると分かっているのだろうか。
想いに想いを重ねる事ができるのだから
僕は人間って素敵だねと思うのだけれど
それは捉え方次第で
憎しみに憎しみを重ねる事もできるから
人は醜いなとも思う
一生忘れないよに、厳しい顔を重ねられていたらきっと、悲しくなってしまったんだろうな。
『風が止んだね。ほら見て、海に映るお月様があんなに綺麗』
揺れる髪を押さえていた手を離し、指さすその先には、中秋の名月が水面にゆらゆらと浮かんでいた。
『掬えたらいいのにね』
真っ直ぐ伸ばした君の腕が、虚しく喘ぐ。
「一緒にやってみようか」
『ごめんね』
精いっぱい差し出した君の手に、僕の掌をそっと添える。
掬える筈もない揺蕩う月が、やけに遠くに感じた。
『ごめんなさいね』
繰り返し君が言う。
『なかったことにしては、いけないから』
押さえきれない感情が大粒の涙となって君の頬を伝った。
悪いのは僕の方なのに。
「ありがとう」
辛うじて僕は零れ落ちてしまう前に、指先で掬うことができた。
その雫は桜の花弁のように儚く、可憐だった。
「話したいことは山ほどあるんだ。が、何から話してよいか」
『いいのよ』
「なかなか言葉に出来なくてね」
『あいにきてくれただけで』
「毎日でも会いたかった」
『わかってた。ありがとう』
はらはらと舞う君の欠片たちが、僕の指からすり抜けるようにおちていく。
「本当はもう、君を繋ぎとめる言葉が見つからないんだ」
『いいの、私ではあなたをみたせないもの』
貌を無くしてしまいそうなそれを、僕は美しいなと想う。
君を前に言葉が出ないのは、君に届かないと分かっているから。
『さようなら』
満月の夜
散りゆく桜のように君が笑った。
了
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