エンジェルに魔法はいらない

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 ***  新しい自分に変身したい。今の自分を変えたい。  唯一人に褒められたことのある“声”を生かす仕事がしたい。  Vチューバ―の仕事に応募したのはそういった理由からだった。本当の自分は、RENAとは似ても似つかない、とても暗くて臆病な性格だと知っているからこそ。  本当の自分は、三十八歳、誰にもモテたことなどない派遣社員。  昔からチビで、太りやすい体質なのをずっと気にしていた。顔立ちもお世辞にも可愛いとは言えず、分厚い眼鏡をかけて、教室の隅で一人絵を描いて過ごすような暗いキャラ。いじめられていたわけではないが、友達も数えるほどしかいなかった。青春時代、楽しい思い出なんてほとんどない。運動神経がいいとか、頭がいいとか、何か少しでも人の役に立てるスキルがあれば人生は大きく変わったのかもしれないが。  そう、そんな自分が唯一自慢にしていたのは声だった。声だけは可愛いね、と皮肉交じりに言われたこともある。ネットでボイスコ活動をして、アマチュアのボイスドラマに参加させてもらったこともあった。他に何も自慢できることのない自分の、たった一つの取り柄であったと言っても過言ではない。  アイドルになりたい。そんな夢は、幼いうちに握りつぶした。自分の顔と性格では絶対無理だと思ったからだ。でも、Vチューバ―の会社が次々誕生して、顔を出さなくてもネットアイドルができると知った時、私にもまた新たな道が開けたのである。  この声で、誰かを楽しませることができたら。  ネットの世界で、理想とする新しい自分に化けることができたなら。  本来、お世辞にも社交的とは言えない性格である。最初は会社から渡された設定どおりに喋ることに苦労した。ボイスコとしての演技はしてきたが、ネットアイドルともなればアドリブで喋らなければいけない場面があまりにも多すぎる。台本もない中で、天真爛漫なアイドルを演じるのはかなり苦労したものだ。  それでも、慣れてくればこれはこれで面白い。  なにより、現実の陰鬱とした自分を忘れられるのが楽しい。 「きゃああああああああああああああああああああ!?」  ホラーゲーム実況中。絵の中から飛び出してきた女の悪霊を見て、私は大袈裟なくらい悲鳴を上げてみせる。
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