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宝物を見つけた
# ヒタ ヒタ ヒタ・・・
そろそろと玄関のホールへ足を進めていく。
『まあ、ここも素敵ねえ・・・』
腰壁まで装飾タイルの張られた華やかな様相である。懐中電灯のわずかな光の中でも、人を迎え入れる和やかな演出がなされていることがわかる。そこから続く廊下を辿ると応接間に行き着く。
『わああ・・なんて広くて豪華・・・』
今まで見たこともない気品ある西洋の室内だった。
2階まで吹き抜けている。暗闇の中なので余計に広い空間を感じる。シャンデリアの明かりを点ければ、どれ程の素晴らしい様子か眺められるのであろう。独特の意匠的なこて塗りを施した漆喰の壁が伸びており、天井にはどうも絵が描かれているようだ。藍子は魅力あふれる内装に感心し、明かりをクルクルと様々に回しながら、興味津々にあちこちを覗いていた。
すると、上の方から突然声がする。
「藍子ちゃん、藍子ちゃん。」
中腹に突き出している2階の渡り廊下から顔を出している尚正だった。
「あ~びっくりした、お化けが出たのかと思ったわよ。」
「ごめん、ごめん、それより、屋内に居たから気付かなかったけど、遠くでお寺の鐘が鳴るのが聞こえてきたよ。それから、吹いていた外の風が止んだような気がする、夕凪じゃないかな。」
「それじゃあもう此処を出ないと日暮れになっちゃうわね。暗くなると林の中は迷ってしまうわ。」
「取り合えず、さっき入ってきた食堂に戻ろう。」
藍子が先にダイニングに戻ると、確かに室内を照らしていた陽射しは薄れ、外の景色が赤みを帯びている。そして再び、風が吹き始めて、林の上部の木々同士が擦れ合い、ざわざわと音をたてている。
「一日なんて、あっという間、残念だけど探険もここまでね。」
そう呟いている間に、尚正も2階から降りてきた。
「何がここまでなんだい?」
右手に何か大きな物を持って、手すりに手を差し伸べながら降りようとしていた。
「その持っているものは?・・・。」
尚正は、どうしようもないくらいに嬉しそうな様子である。
「凄いよ、凄いんだ、宝物を見つけたんだ。ほら、見てみて。」
子供が自慢するように、胸の前に抱きかかえて見せた。
『何かその中に入っているのね。』
それは、かなり表面がざらつき傷んでいる、4尺程はある黒っぽい箱の入れ物である。
さっそく窓からの光りが当たる所に静かに寝かせて、数周回して巻いてある紐を解き、開放留めの金具をひねる。
# ポッ
渇いた音をたてて上蓋(うわぶた)が浮いた。
その音に藍子は、思わず興味をそそられる感覚が強く沸き上がったような緊張を感じる。そして上蓋が開けられる。箱の中身が眼下に現れた。それは、藍子も十分に面識のある物だった。
「ギターだわ、相当古くて使いこなされているようね。これは、お父様のものなの?」
「うん、間違いなくそうだね。なんと、寝台の外枠に沿って嵌め込んであったんだよ。普通なら脚の部分だと思うだろうね。」
「よく見つけられたわね。それも懐中電灯でよ。」
「それが、さっき転んだよね。その時、寝台を強く蹴飛ばしたんだよ。そうしたらうまいこと僕の足があたって、こいつが外れて現れたのさ。」
「そうなの、偶然だったのね。じゃあこれで、此処に来たことが遂に報われたのね。でも、どうしてそんな処にあったんでしょうね。この家を出られる時に一緒に持って行かなかったのかな。」
「僕もそう思ったよ。自分の楽器は、身体の一部みたいなもんだ。こんな所に置いていかないといけないなんて・・・持って行けない余程の事情があったんだろうか。母さんは、戦争が間近になって身を護るために、母さんは僕を連れて九州へ、父さんはアメリカへ一時帰国したとしか言わなかった。引揚船で荷物を持っていた人もいたから、大丈夫なんだけれどね。」
「でも、本当に来て良かった。こうしてお父さんの分身に出逢うことが出来たのよね。さっき、残念だけど冒険がここで終わってしまうって言っちゃった。最後まで諦めてはいけなかったわ。」
「ああ、蓋を開いて見つけた時に、興奮して、‘父さん、初めまして’って思わず言っちゃたよ。」
「うふふ、それじゃあさっきの私を笑えないわ。」
「うん、そうだね、アハハ。」
尚正は、ギターのネックをそっと握ると、ゆっくりと起こして持ち上げた。夕陽の光を浴びて、磨かれたボディーの色艶が出ている。
「素敵ですね、ホセ様、初めまして。」
2人は、見つけ出したホセのギターに思いを巡らせる。
「どんな音がするんでしょうね。」
「そうだね。帰ったら、部品の状態を診て、さっそく弾いてみたいよ。気持ちだけは父さんになりきった感じでね。それまでは、此処に居てもらって。」
尚正は、すぐにでも爪弾きたい気持ちを抑え、再びギターを静かにケースへ納め、留め金を捻り、紐を回して結んだ。
# カア カア・・・
窓の外では既にカラスが鳴き、辺りの空を飛び交って、夕暮が間近であることを知らせているようだ。
「さあ、行こうか。」
「ええ、少し急ぎましょうよ。最終バスには乗り遅れないようにしないといけないから、 あ~あ、本当にここで冒険は終わりで残念だわ。」
「大丈夫、また来れば良いさ。」
まず尚正が先に、入る時に窓を越えるために置いた椅子に乗り、そして跨いで外の椅子へ移った。
「じゃあ、先にギターをくれる?」
藍子はケースを持ち上げ、さし伸べた尚正の手に運ぶ。
「転ばないように気をつけて。」
尚正が持ち上げ、ケースの重みを感じなくなったところで、藍子は手を離した。
「ありがとう。」
陽の光を背にしているが、尚正の穏やかな笑みの顔が心に入り込む。何気ない仕草なのだが、そこに心を通わせているという幸せを感じる。女性の細やかな感受性とはそういうことなのだろうか。
すると、ケースの脇からすっと紙のようなものがひるがえって、藍子の側を通り過ぎて落ちた。
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