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封印された家
# ザクザク・・・ザ、サクサク・・・サ
尚正が、突然足を止めたので、藍子も併せた。
「あれ、あれ・・何か見えてきたよ。」
「えっ、それは建物なの?」
「そんな風に見えているけど、もう少し近付かないとはっきりしない。」
2人は再び歩き出す。
# ザクザク・・・、サクサク・・・
木々の繁りが、視界をさえぎらないところまで近付いたのだろう、その漠然とした姿がはっきりと見えるようになった。
「まあ、本当に・・・本当に・・・あったのね。」
「ああ、そうだ・・そうだよ。」
2人は、興奮一色で染まった。
蔦(つた)で被われてはいるが、木漏れ日で疎らに照らされた1棟の洋館が、目の前に現れたのだ。
その様子は、かなり古びてはいるが、屋根や外壁が崩れ落ちることも無く、暮らしをしていた当時の原形をしっかりと留めている。
「驚きです、立派に残っていたのね。こんな海辺だと、人が住まなくなったら、十年もするとすっかり傷んでしまうんですけどね。」
「ああ、僕の親族が海岸に住んでいるんだけど、そこでも人の住まなくなった古家は、5年程で屋根が落ちていたよ。防風林という砦(とりで)に護られていたことで朽ちることから免れていたのかな。この家を建てた人達は、優れた大工だったんだろうね。」
そして2人は、玄関先の方から家に近寄っていった。
# ザクザク・・・、サクサク・・・
飾り彫りの手摺りのあるポーチが玄関に続いている。
「気をつけて、うっかり触ると倒れるかもしれないよ。」
シダや苔で被われた通路は、緑色の絨毯(じゅうたん)の様で、少し気味が悪い。
# ミシッ ミシッ・・・
そこを進み、玄関口に立った。
「どうですか、開けるられそうですか?」
# ガチャ ガチャ
尚正は、具合を確かめながら返事をした。
「駄目だ、取っ手を通して壁に鎖が巻かれて南京錠がかけられているよ。扉自体を壊さないと此処から入るのは無理だね。」
「それじゃあ他を探して、家の周りを回ってみましょうか?」
「ああ、窓とかから入れるかもしれないね。」
「私は、こっち側から回ってみますよ。」
「了解、お願いするね、気をつけるんだよ。危ないことがあったら、聞こえるくらい大きな声を出すんだよ。」
そして2人は、お互いの方向に分かれて家の周りを回り始めた。
# ザクザク・・・、サクサク・・・
しかしながら、期待していた他の開口も、雨戸の上から何枚もの渡し板で封印されて容易くはいかない。
『これは一体どういうことなんだろう?・・・何故ここまで、侵入されないようにされているのか理解できないよ。』
するとやがて、居宅の陰に隠れていたもう1つ、別の建物が現れたのだ。
『何だ?、この角ばった建物は。出入口が対面それぞれあるな。それに、腐ってはいるけど相当広いテラスがある。これは、何のための建物なんだろう。』
その奇妙な形の建物を漫然(まんぜん)と眺めていると、横の方から藍子の声がした。
「これ、面白いですよね。一体何の建物なのかしら?」
「デッキのテラスは、建物と同じ位の広さかな。お茶や食事をするのに、こんなに必要ないと思うけどね。」
すると、藍子がポツリと呟いた。
「高さが・・・そうね、丁度うちのステージ位。」
「藍子ちゃん、そうだよ、これは演舞台かも。舞踏演奏のために造られたのかもしれないよ。」
「演舞台ですか。それじゃあ中に入れば、ご両親の物とかがここにもあるかも知れませんね。この家が、本当に暮らしていた家だって判るかも。」
「そうか、母屋の方は封印が多くて苦戦しそうだから、まず、この離れ家を調べてみようか。」
「ええ、そうしましょうよ。母屋もそうだけど、この離れもまた不思議な形をしているし、中に入ってみたいわ。屋根瓦は魚の鱗(うろこ)のようで、出入口や明かり採りの窓の形が半楕円になっているわね。」
「ああそうだね。こんな感じの建物、この国には無いね。学校の教科書で見たアラビアの寺院に似ているような気がする。」
すると、藍子がある窓に何かを見つけだしたようである。
「尚正さん、この窓、内側の鍵が壊れて掛かっていないみたいよ。封じ板を外せれば、開くんじゃないかしら。」
それに封印の板は、この窓には一枚しか張られていなかった。
「むっ!」
尚正は、板と窓枠の隙間に指を入れて、ゆっくりとだが力を入れて強く引っ張る。
# ガガッ!
板が突然外れたため、その場で跳び出すように尻餅(しりもち)をついてしまった。
「だっ、大丈夫?」
「あ~びっくりした。意外とあっさり抜けるなよな。それより窓はどうなっているかい?」
見てみると、窓枠に2つあるツガイの上の方が外れている。
「やったわ!、もう開けて屋内を見ることが出来そうよ。」
藍子は、声が裏返るほど心が弾んでいる。
「よ~し、開けて中に入るとしようか。」
「えっ、入るの?」
「当たり前だよ、もう昼をとうに過ぎてるし。大発見を前にしてぐずぐずしてたら、探検が時間切れになっちゃうよ。」
藍子の戸惑いをよそに、尚正は、早速窓枠を傷めないよう少し扉を持ち上げながら人が入れるまでに開いていく。
# ギシギシギシ
「よし、これ位開けば入れるか。」
「木が腐ってるかもしれないわ、気をつけて。」
カマチの下枠に手をかけると膝を曲げぐんと跳び上がる。
「よっ!」
枠に足を乗せ、その浮力で上体を上げ、今後は縦枠に手をかけた。
「下が暗くて良く見えないな、床板の様子を見たいんだけど。藍子ちゃん、懐中電灯を取ってくれる。」
「はい、手を伸ばして。」
右手を後ろに伸ばして電灯を受け取ると、そのまま身体の前に差し出して明かりを点けた。
そして、電灯を色々と傾けながら辺りを照らし床の様子を確かめる。
「どう?、どうなの?、何か見える?」
尚正は、何も返事をしない。
「・・・・」
しかしその内、電灯の動きが止まって、照らしている先をじっと見つめている。
「尚正さん、どうかしたの?、ねえ、尚正さん。」
それでも、尚正はじっと黙って明りの先を見つめていた。
「・・・・」
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