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Crossing World 2 〜全ての世界で
side. 愛梨(本編)
――*――
戻ってきた私を迎えてくれたのは、大好きな人の歌声と――手の甲に落ちた、優しい感触だった。
――もし時間が巻き戻るなら
あの日あの時
眠りに落ちてしまう前に
世界も超えて駆けつけよう
きみのもとへ
きみのもとへ
もう戻らない?
いや、そうじゃない
これから掴むんだ
未来はこの手で――
「未来は……僕と……」
声が、涙に濡れる。
ああ、苦しかったね。
けれど、もう、大丈夫――。
「……優樹……」
「愛梨……? 愛梨!」
開いた瞼のその先には、大好きな人の、憔悴した姿。
私が声をかけると、その頬にはみるみるうちに色が差していく。
「……優樹……おはよう」
「ああ……愛梨……! おはよう。おかえり……!」
「……ただいま、優樹」
私には、あちらの世界で三ヶ月、masQuerAdesの伯爵として活動した記憶がある。
こちらでは、玄野さんの言った通り、本当に一週間眠っていたようだ。
「このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと思った……!」
「心配かけて、ごめんね」
優樹が私の手を、ぎゅっと握る。
「愛梨……本当に……。あ、先生、呼ばなくちゃな」
「優樹……待って」
私は、ナースコールを押そうとする優樹の手を止めた。
「あのね……病気じゃないから、大丈夫。その前に、話したいことがあるの」
「え、でも」
「お願い」
「……分かった」
優樹は、心配そうにしながらも、それを呑み込み、私に水の入ったコップを差し出してくれた。
私は喉を潤しながら、何を、どういう順序で話すか、考える。
この世界には、玄野さんはいない。別の人がマネージャーをしている。
だから、玄野さんのことは話さない。もちろん、神格を忘れているらしいあの人のことも。
話すのは、向こうの世界の、私たちのことだけ。
「夢を見てたんだ。別の世界で、私が、素性を隠して、masQuerAdesに加入した夢」
「素性を隠して……?」
「うん。それが、私がタイムリープする前に見た、伯爵の正体」
「んん……? どういうこと?」
優樹は、首をひねっている。
あまりにも複雑で、大きい話で、私にもよく分かっていないのだから、仕方ないと思う。
「『この世界に元々存在したはずと思っていた伯爵』は、存在しない存在だったってこと」
「んんん……? 存在したはずが存在しない存在? 全然分からんぞ?」
「ふふ、私にもよく分かんないや。とにかくね、私、夢の中で、優樹じゃない優樹に会ったの」
「んー……はあ」
優樹は、さっぱり分かってなさそうだ。
なんだか冴えない顔をしている。
優樹のこんなところも、ちょっと可愛くて、好き。
「優樹なんだけど、夢の中の優樹は、別人だったの。私は素性を隠さなきゃいけないから、苦しくて、寂しくて……こっちの優樹に会いたくて、仕方なかった」
「うん……うん?」
「あー、もう、何言ってるか分かんないよね。とにかく、私が言いたいのは……私、思ってたよりずっとずっと、優樹のことが大好きだったんだなって」
「……愛梨……」
「優樹。私を呼び戻してくれて、ありがとう」
私は、優樹の手を持ち上げて、その甲にそっと口付けをした。
優樹の耳が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「愛梨……ずるい」
そう言って、優樹の顔が近づいてくる。
唇が重なった。やさしく、ほんの一瞬、触れるだけのキス。
背中に、優樹の腕がそっとまわる。
私も、優樹の背にそっと手を添えた。
「王子様、起こしてくれてありがとう」
「――愛してるよ、お姫様」
「ん……」
もう一度重なった唇は、深いけれどやっぱりやさしくて――とろけるような、幸せの味がした。
あちらの世界に呼ばれることも、玄野さんに会うことも、きっともう、ない。
けれど、これだけは確信できた。
どの世界でも、私は、優樹と恋に落ちる運命だったんだって。
赤い糸は、全ての世界で、優樹と繋がっていたんだ。
全ての世界で、私は、優樹と恋をするんだ。
Crossing World ――fin.
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最後までお読みくださり、ありがとうございました!
【2024/03/13 追記】
続編(別世界線でのお話)をスター特典として追加しました。
1スターで、全十五話お読みいただけますので、ぜひご覧ください。
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