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5. Bridge
私は、優樹と正式にお付き合いすることになった。
修二と朋子に騙されてタイムリープしてからは、恋愛に積極的になることはできなかった。
でも、もしも誰かと付き合うなら、私の気持ちに寄り添ってくれて、推し活を理解してくれる彼氏がいいなあなんて思っていたけれど……それどころか、推しの対象が彼氏という、夢みたいな状況である。
タイムリープしてから、私は本当に幸せだ。
優樹に、masQuerAdesのメンバーも紹介してもらった。
真面目で大人しそうな男性は、高校時代、隣のクラスだった琢磨くん。ドラムの侯爵である。
全身ブランド物で固めている、いいところのお坊っちゃまみたいな、キザな男性は竜斗くん。ギターの士爵で、ご家族がmasQuerAdesのスポンサーをしてくれているらしい。
背が高く線の細い、ウルフカットの美人は、陽菜さん。優樹の通う専門学校の先輩で、ベースの男爵だ。男爵が女性だったなんて、思いもしなかった。
「俺の彼女、愛梨だ。仲良くしてやってくれ」
「あれ、きみ、ファンの子だよね? 優樹、ファンの子に手を出したのかい?」
「あー、確かに愛梨は俺たちのファンだけど、そうじゃなくて」
優樹が私を紹介すると、竜斗くんが怪訝な目で優樹を睨んだ。優樹はすぐさま否定する。
そこに助け舟を出したのは、琢磨くんだった。
「あ……僕、知ってる。高校の時、優樹と同じクラスだった子……」
「そうそう、琢磨、覚えてたか。俺、あの頃からずっと愛梨に片想いしてたんだよ」
「へえ、だからなのね。あのね、愛梨さん、コイツ、専門学校ですっごいモテるのに、片っ端から全部断ってるのよ」
「な、何言ってんだよ、陽菜先輩! 愛梨に変なこと吹き込むなよ」
「いいじゃない、一途で素敵よ。愛梨さん、可愛い子じゃない。大事にしてあげなさいよ」
そう微笑んで私の頭を撫でる陽菜さんは、頼れるお姉さんという感じだ。
「あーいいねえ。ボクだけじゃないか、恋人がいないの。ボクの高貴なオーラに見合う女性は中々いないものだねえ」
竜斗くんが、わざとらしく髪をかき上げて、キザなオーラを振りまく。……ちょっとペラい。
「竜斗は無理ね。少しは琢磨の真面目さとか優樹の誠実さを見習いなさいよ」
「いいのさ、ボクの恋人はギターなのさ」
訂正する。だいぶペラい。
もし、最推しが士爵だったら、素顔を知ってちょっと引いていたと思う。
「……真面目すぎるのも、どうなんだろ。……僕、ちゃんと恋人できてるのかな。最近、ちょっと自信がないんだ……」
「あら? 何かあったの?」
琢磨くんは、何やら沈んだ表情をしている。陽菜さんが心配して、琢磨くんに声をかけた。
「……うん……ちょっとね。最近、朋子ちゃん、なかなか会ってくれないんだ……。バイトを辞めて金欠だから、正直助かってるんだけど……寂しい……」
「え? 朋子? あの朋子じゃないよね?」
「……あの朋子ちゃんだよ……高校の時の同級生の……」
私は、琢磨くんの口から出た朋子の名前に、反応した。
タイムリープ前、朋子は、五年間ずっと修二と付き合っていたはずだ。
「ねえ、優樹……私、優樹に再会した時、言ったよね? 朋子と修二のこと」
私は、他の人に聞こえないよう、優樹の耳元に口を近づけて、問いかけた。
優樹も、察してくれたのか、小声で返事をする。
「ああ、琢磨にも言ったぞ。でも、琢磨が朋子に直接聞いたら、もう修二とは別れたって」
「……それ、多分、嘘だよ」
「……マジか」
私は、タイムリープのことを優樹に話していない。
確証はないけれど、琢磨くんも、タイムリープ前の私と同じことをされている。
修二と朋子を放っておいたら、他にも被害に遭う人が増えていくのではないか。
「優樹、あとでちゃんと話すけど、修二と朋子はずっと付き合ってて、お互いの浮気を容認してるの。二人は……お金目当てに、真面目そうな異性に声をかけて、付き合うフリをしてるの」
「……どういうこと?」
「――あとで、二人の時に話すよ。でも、琢磨くんがバイトを辞めた途端に会ってくれなくなったのなら、辻褄も合う。琢磨くん、朋子にお金を貸したりしてるんじゃないかな? で、貸したお金、返ってきてないはずだよ?」
「うわ、マジかよ……」
優樹は、臭いものを嗅いだみたいな、心底嫌そうな表情をする。
他の三人がこちらをチラチラ窺っていることに気付いて、私は優樹から体を離した。
「お熱いねえ」
「ちっ、ちが、違くないけど、えっと、その」
優樹は顔を真っ赤にしている。私も顔から火が出そうだ。
「そっ、それより、琢磨! お前、朋子に金を貸したりしてないだろうな?」
「え……確かに、少し貸したけど……どうして?」
「やっぱり……」
私と優樹は、顔を見合わせて頷いた。
「これから話すこと、琢磨くんにはショックだと思うんだけど、よく聞いて。実はね……」
私は、確証はないけれど、修二と朋子が二人で共謀して、そういうことをしていると明かした。
私自身が体験したことも、私の友人の体験ということにして、打ち明ける。
琢磨くんは、思い当たることがたくさんあるようで、真っ青な顔をしていた。
優樹も、かなりショックを受けているようだ。
陽菜さんと竜斗くんは、逆に顔を赤くして怒っている。
「その二人、許せないわね。二人のこと調べたら、もっとたくさん被害者が出てきそうじゃない?」
「ボクの家と付き合いのある探偵に調べさせてみようか」
「いや、そこまでするのは……」
「愛梨ちゃん。今聞いた限りでは、そこまでするような内容よ。放っておいたら、もっと酷い目に遭う人たちが増えていくのよ」
「そうさ。ボクの美学にも反するよ。きみが何と言おうと、乗り掛かった船だ。探偵に依頼を――」
「……ちょっと待って……」
憤慨する陽菜さんと竜斗くんを止めたのは、朋子の被害者である琢磨くんだった。
「……僕、探偵に依頼するんじゃなくて、自分の目で確かめたい。お願い、少し待って……」
私たちはその日はそれで解散し、優樹は私を自宅まで送り届けてくれた。
二人になって、私は、今まで優樹に話していなかった秘密を話した。
修二と朋子に騙されて身投げし、タイムリープしたこと。
タイムリープする前から、masQuerAdesのファンだったこと。
これからは推しのために生きようと決意して、ライブを見に行くようになったこと。
そして、その翌日に、優樹と再会できたこと――。
優樹は、最初は信じられないと思っているようだった。
けれど、優樹とmasQuerAdesのおかげで今はすごく幸せだと伝えると、嬉しそうに笑って、「信じるよ」と言ってくれたのだった。
「あのね、優樹。私、優樹にも、masQuerAdesにも、本当に感謝してる。今の私があるのは、全部優樹のおかげなんだよ」
「愛梨……」
「優樹。私に生きる力をくれたのは、あなたなんだよ。ありがとう――大好き」
「――!」
その日、私たちは、初めてキスをした。
本当に好きな人との、はじめての、両想いのキス。
それは綿菓子みたいに甘くて、ふわふわして、夢のように幸せだった。
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