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6. Ending
あれからしばらくして。
私たちは、二人が複数人と交際して、お金を無心していることを突き止めた。
結局、琢磨くんが意思を固めて、竜斗くんの知り合いの探偵に依頼することにしたのだ。
琢磨くんは、私の話を聞いた後、朋子にお金を返すよう頼んだらしい。けれど、結局うやむやにされた挙句、朋子とは完全に連絡が取れなくなってしまったのだとか。
「……僕、朋子ちゃんがお金目的だって、うすうす気付いてたんだ。……でも、認めたくなかった。……朋子ちゃんは僕が悩んでいる時に、いつも、僕のほしい言葉をくれたから……」
琢磨くんは沈痛な表情をしている。
私にも、琢磨くんの気持ちはよく分かる……私も、そうだったから。修二は、恐ろしいぐらい的確に、私の弱っている所をついてきたのだ。
「琢磨、頑張ったな」
「……うん……」
「これからは、ボクたちが支えてあげるよ。仲間を助けるのも高貴なる者のつとめさ」
「そうよ、琢磨。竜斗の言うノブレス何とかはどうでもいいけど、抱え込む前に陽菜お姉さんのことも頼りなさいね」
「琢磨くん。私も、何かあれば相談に乗るよ。琢磨くんのつらい気持ち、私にも分かるから」
「……うん……ありがとう……僕、もう、大丈夫」
優樹、竜斗くん、陽菜さん、最後に私。
それぞれ、琢磨くんを励ますと、その顔にようやく、笑顔が浮かんだのだった。
それから、私たちは探偵が集めた証拠を元に、きちんと正式なやり方で、被害者たちに接触した。
中には嫌がる者も信じない者もいたが、被害者の多くは憤り、結束し、修二と朋子を訴えることに決めた。
今回、私は修二からなんの被害も受けていない。
もちろん、タイムリープ前はかなり大きな被害を受けたが、そのことを持ち出す訳にもいかないので、傍観していただけだった。
けれど、二人が正当に裁きを受けることになるのは、多少スッキリした一方、複雑な気分でもあった。
蓋を開けてみたらあんな人間だったとしても、高校時代は、確かに友達だったのだから。
*
一方、masQuerAdesは、快進撃を続けていた。
さらに大きなライブハウスに拠点を移したものの、チケットは毎回完売。CDやグッズの売り上げも伸び、業界からも注目を集め始めていた。
そんなある日。
「そろそろ、メンバーを増やしたいと思ってるんだ」
優樹は、masQuerAdesのメンバーを集めて、そう言った。
私も同席するよう言われたのだが、最後のメンバー、伯爵の加入に関わる話かもしれないと思って、ワクワクしながら皆の会話を聞く。
「より幅広い曲を演奏するために、キーボードが必要だと思ってる。それでなんだが――」
優樹は、言葉を切って、なぜか私の方を向いた。
「――愛梨、キーボードとして、masQuerAdesに加入してくれないか?」
「……へ? 私?」
「ああ。愛梨だ」
「えええ!?」
私は、突然の提案に、驚きを飛び越えて目眩すら覚えた。私じゃ、伯爵の代わりはつとまらない。
それに、本来の時間軸で、伯爵になるはずの女性はどうなってしまうのか。
目を回している私に、優樹は畳み掛ける。
「愛梨、高二ぐらいまでピアノ習ってたろ。コンクールで入賞したこともあったよな?」
「た、確かに習ってたし、賞をもらったこともあるけど……でも、すごいブランクあるよ」
「ブランクは、すぐ埋まる。愛梨は、メンバーに必要な条件を持ってる、唯一の人なんだ」
「条件……?」
私は首を傾げる。条件って、なんだろう。
「私からも頼むわ。お願い、愛梨ちゃん」
「ボクも賛成さ」
「……僕からも……お願い……」
他の三人からも、お願いされた。
優樹の独断ではなかったことに安心しつつも、私は驚く。
「あの、でも、私……」
「頼む、愛梨。キーボード担当の、伯爵として、masQuerAdesに加入してほしい。ずっと前から、考えてたんだ」
「私たちのバンドは、技術や技巧より、気持ちの繋がりが何より大事なの。新メンバーを入れるとしたら、あなたしかいないわ」
「……僕、愛梨さんのピアノ演奏、何度か聴いたことある。高校の時、合唱コンクールで、毎年弾いてた……合唱に寄り添うような、素敵な演奏だった……」
「頼むよ、愛梨ちゃん。ボクも君なら信頼できる」
「優樹……。陽菜さん、琢磨くん、竜斗くんも……」
私は、助けを求めるように、隣にいる優樹を見る。
「でも、そうしたら……私が加入したら……」
「――未来が、変わる?」
「――!」
優樹は、耳元で囁く。
私の思いを見透かされて、肩が跳ねた。
優樹は、そのまま続ける。
「――大丈夫。ここは別の世界線。君の記憶は、きっと、長い長い夢だったんだよ。ここでは、愛梨が伯爵になるんだ」
「そうしたら、もとの伯爵さんは……?」
「出会わなかったんだ、きっと。別の世界線で、俺が、愛梨と出会わなかったのと同じ」
「そんな、同じって。masQuerAdesは、私なんかより――」
「愛梨、なんかじゃない。俺にとっては、masQuerAdesも、愛梨も、どっちも同じぐらい大事なんだよ」
「優樹……」
優樹は、本気のようだ。
心に決めて、もう、覆すつもりはないようである。
もし私が断ったら、masQuerAdesは、ずっと四人のバンドになってしまうだろう――そんな予感すらあった。
「――私が、伯爵になっても、いいのかな?」
「ああ。いいんだよ」
優樹は、自信たっぷりに頷いた。
*
そして、私が伯爵として加入した後。
masQuerAdesの曲を演奏して録音したものを聴いて、私は驚いた。
それは確かに私の演奏、私のコーラスなのに、タイムリープ前に聴いた伯爵の演奏、コーラスと寸分違わないものだったのだ。
「私、こんな声だったっけ」
「録音すると、普段と違って聴こえるからな」
「さすが愛梨ちゃん。優樹の声との相性、完璧じゃない」
「……コーラスが入ると、厚みが出るね……」
「これがボクたちの求めていた、心の繋がり、魂の絆ってやつさ。ボクたちの目に曇りはなかったね」
「みんな……」
「愛梨、そういうことなんだよ。分かったか?」
みんなと演奏していると、魂が震える。音の海に、溶け込んでいくようだ。
優樹たちの言うことが、今なら理解できる。
私は、間違いなく、伯爵なんだ。
「じゃあ、もう一回いくよ」
「はい!」
――さあ、仮面舞踏会がはじまる
百鬼夜行、花の輪舞
踊ろう、星の夜を
踊ろう、月が消えるまで
今宵だけは、身分を忘れて
君は誰? 僕は誰でもない
僕は誰? 君は誰でもない
そんなこと、関係ないのさ
何故なら今宵は仮面舞踏会
僕はずっと待っていた
君は最初から、僕の手の中
さあ、仮面舞踏会がはじまる
百鬼夜行、魂の輪廻
踊ろう、千の夜を
踊ろう、命尽きるまで
今宵からは、身分を忘れて――
masQuerAdesは、時空を超えて、私を繋いでくれた。
私は最初からずっと、彼らの舞台で踊っていたんだ。
公爵と、優樹と、声が重なる。
視線が重なる。心が重なる。想いが重なる。
魂が、重なる。
それはとても甘美で、何ものにも変えがたい、尊いもの。
身体が重なるよりも、遥かに、ずっと幸せなこと。
――私の身に起こった、不思議な体験は、ここまで。
あなたは信じる? 信じない?
でも、音楽には、言葉には、不思議な力がある――それだけは間違いない。
あなたの奏でる音が、紡ぐ文字が、描くものが、誰かの運命を変えるかもしれない。
私の運命を、masQuerAdesが、公爵が、変えてくれたように。
私、不幸のどん底にいたけれど、今はすごく幸せ。
だってね、信じられないかもしれないけど、私――。
――タイムリープしたら、推しと恋をする世界線でした。
fin.
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お読み下さり、ありがとうございました!
これで本編は完結となります。
次回から、パラレルワールド編に入ります。
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