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『桜羽天』。たくさん、たくさん考えたもう一人の私。あの長ったらしい校長の話で覚えていた「大空へと羽ばたいていく」って言葉が気に入ったし、そういう作者になりたいって思いを込めた大好きな名前。
「さくらって電車乗る時いっつも外見てるよね。何で?」
「景色眺めるの好きなんだよねぇ。ちょっとした景色が良いアイディアになったりするし」
丁度思いついた描写をメモに書き留めた。
綺麗な景色。素敵な人。美味しい食べ物。優しい言葉。楽しいアイディア。私の好きを閉じ込めたこのメモ帳も、最後のページまであと少し。
「あーなるほどねぇ。さくら小説書いてるんだっけ」
スマホを弄りながら里美が呟く。
「そうそう! いずれは小説だけで生活できるような作家になりたいんだよね!」
「ふーん。大変そうだけど頑張って」
「ありがとー! めっちゃ頑張る!! あっ、あそこの古いビル、雰囲気良くない!?」
「えー? 全然分かんない」
一瞬だけ窓の外に視線を向けて里美が答える。
……もったいないなぁ。
メモに古いビルのイラストとシチュエーションを書き込んで、ページをめくる。
こうして電車に揺られているだけでも素敵なもので溢れているのに、スマホだけ見ているのは本当にもったいないと思う。
「里美はどんな仕事したいとかあるの?」
「別になーい。私達まだ一年なんだし、就活とかまだ先でしょ。ま、適当に内定貰った所でフツーに働くんじゃない? 知らないけど」
自分の将来を想像するのも、目標を立てるのも、私にとってわくわくするものでしかないけど。スマホの上を機械的に動く里美の親指が、職場の悪口を言ってるポストにいいねを押す。
「……そっか」
そうじゃない人もいるんだ。
私と違って染められた里美の明るい茶髪が、日の光に形を与えて揺れている。
あ、また良い描写思いついちゃった。
推敲中の作品にせっかくだから足してみよう。そういえばラストの伏線、もう少し小分けにして張った方が良いかもしれない。あとはそうだな。タイトルと絡められる様な印象的なフレーズをラストに持っていこう。帰るまでに考えておかなくちゃ。
「さくら、ここで降りるんじゃないの」
里美に声をかけられて顔を上げる。電光掲示板には最寄り駅の名前が表示されていた。
「わわっほんとだ! ありがと里美! また明日!!」
メモをポケットにねじ込んで電車から降りた。
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