雛鳥の翼

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「いい加減にしなさい!」 お母さんの手がアイディアを書きなぐった紙の山を払い除けた。山が崩れたせいで、机の上から紙がばら撒かれ、床の至る所に積み上がっていた資料やプロットノートを隠す。 「もう就活を始めてる人もいるのよ!? それなのに大学にも行かないで、いつまでこんなことをしているの!!」 甲高い声が寝不足の頭に響く。強く掴んでくる手を振り払い、散らばった紙を集める。 邪魔をしないで欲しい。 時間が全然足りないの。身体が全然付いてこないの。 『前より読みやすくなってるけど、むりやり背伸びした感じがある。もう少し経験を積めばいい感じになりそう』 文章力も、構成力も、登場人物の魅力の伝え方も、全然足りなくて。だからまた若いとか経験が足りないとか言われるの。 大学生活のほとんどを執筆に費やした。友達が遊びに行ったり彼氏を作ったりしている間、私は図書館で調べ物をしているか家で執筆していた。 講義を受けている時も、ご飯を食べている間も。ずっと作品のことだけを考えていた。今は大学だって休んで、執筆に打ち込んでいる。 自分の全てを捧げたのに、全然足りない。 「聞いているの!? いつまでも遊んでいないで──」 こっちに距離を詰めてきたお母さんの足が紙を踏んだ。ぐちゃりと音をたてた紙に腹の底で怒りが唸り声をあげた。お母さんを突き飛ばし、ぐしゃぐしゃになってしまった紙を拾い上げる。 「遊びじゃないっ!!」  声がみっともなく裏返った。 「私は本気で小説書いてるの!!」 むりやり吐き出した声が喉をがりがりと引っ掻いて飛び出す。喉も、握りしめた掌も、全部痛い。 「……はぁ。本気って、たった数冊本を出しただけで、本当に自分が作家になれると思っているの? 小説で生活出来るのなんて一握りの才能のある人だけに決まってるじゃない。小さい子供みたいな夢を見るのはやめなさい。お母さんはさくらのためを思って言ってるのよ」 さくらのため。さくらのため。お母さんはいつもそう言う。 理想の母親みたいな優しい顔で。取り繕ったみたいな猫なで声で。私に理想の娘であることを押し付けてくる。 でも私のためなんかじゃ絶対ない。 ねぇお母さん。私もう『コドモ』じゃないよ。夢の話をしてる私をいつも馬鹿にしたように見ているの、気付いてないと思った? 自分が夢を叶えられなかったからって、私の邪魔をしようとしているの、知らないとでも思った? 歯を食いしばりすぎて顎が痛む。 あぁ、書かなきゃ。書かなきゃ。お母さんを黙らせられるくらい書いて、皆に認められるようにならないと。
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