ウグの里帰り。クズの親孝行。

1/8
前へ
/8ページ
次へ
 屑勿(くずもち)ウグは二〇二〇年三月二十一日、逝去した。享年十九歳。老衰からくる病死で、大往生だった。  吾輩……もとい、私はクズである。名前は屑勿恵寿(えすみ)。諸事情によりごく親しい家族、知人以外からは「エス」と呼ばれていた。  せっかく両親が私の人生が最大限良くなるようにと願った命名をしてくれたというのに……犯罪行為という絶対に超えない壁はあれど、「微妙~~に人の嫌がること」をして、嫌がる相手の反応を見るのが好きという。そういう感じのクズだった。皆さんに通じやすい嫌がらせで例示するなら、肩をとんとん叩いて「ねえ」と呼びかけ、振り向いた相手の頬を人差し指でつついて「や~い、ひっかかった~」。ああいうやつである。  人には言い難い諸々の趣味を持って生きていて、唯一人に語れそうな類は「休日、あてもなくただ家の近所を散歩して外の空気を味わうこと」。行き先もなく、自分が休みたいと思うまで足を止めない。だからその趣味に付き合ってくれる「人間の友人」などいなかった。  若い頃のウグは私の散歩に最長で五時間も付き合ってくれた。桜の季節だったので、わが町に点在するあらゆるお花見スポットを制覇しようとしてそうなってしまった。しかしウグは不平不満も言葉にせず、おそらく歓び楽しんでくれていただろうと私は思う。  犬の生活において、外へ出かけての散歩というのは、唯一にして最大の楽しみであるはずだから。 「ウ~グ~、ひっさしぶりぃ~! また会えて嬉しいよ~ん!」  私がウグより先だって天の国へやって来たのは、ウグが十一歳の頃だった。もう八年も会っていないのに、それもお互いに霊魂であって犬の嗅覚が働いていないのに、彼は私を覚えていてくれたのだ。すでに実家を出て独立していた私がそこへ帰るといつもそうしていたように、白いしっぽをぶんぶん振って私の足元でぴょんぴょんと跳ねている。抱き上げてあごの下を撫でてやった。  ウグの犬種はパピヨン。白い長毛の小型犬で、耳の全体と目、後頭部の一部だけが茶色になっている個体が多いだろう。三角の形をした耳とその毛色の特徴から、後ろから見た頭部が蝶に見える。ゆえに、パピヨンと呼称されるようになったと思われる。  ウグは茶色の部分が黒い色をした個体で、パピヨン全体としてはおそらく稀少だったのだろう。私達……私と、両親がウグと出会ったのはとあるペットショップ。パピヨンといえば茶色だからと、黒い毛のウグは売れ残っていた。パピヨンという種は目つきがキリッとした犬が多いのだが、ウグはまるまるっとした優しい眼差しでまっすぐ目が合った。その表情に魅かれて、我が家に迎えることになったのだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加