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「たすけて~! ミクえも~ん!!」
いよいよ困り果てた私は、地上で存命の知人の中で現状、力を貸してくれそうな「鏡の魔女」に泣きついた。
『こらこら、その名前で呼ぶのは禁止って言っているでしょう。ワタシのことは「マルベック」とお呼びなさいよ』
せっかく、数年ぶりに開催された「青レンガ倉庫のお酒の祭典」を楽しんでいたというのに、台無しじゃないの。彼女は私の呼びかけを無視したりはしないけど、露骨に迷惑そうだった。
「ここには私とウグしかいないんだからいいじゃんよ~」
『それでも、誰がどこかから見聞きしているかわからないのよ。あなただって「眠(ねむり)の魔女」なのだからわかるでしょう?』
私達の世界は、生まれてくる人類のおよそ半数が「固有魔法」を持っている。しかし、その魔法は効果が限定的でとても小さく、世界を大きく変えるほどのものはない。
鏡の魔女、通り名「マルベック」は鏡を用いて小さな魔法を使う。私は眠の魔女、通り名は「エス」。私や彼女が本名を名乗らないのは、「名前を呼ばれると魔力が弱まってしまう」からだ。
私の魔法は、眠ると幽体離脱して人目につかず自由に行動出来る。死んで天の国へ来た私が地上のマルベックと通信出来たのは、霊魂を飛ばせる私の魔法の効果であり、なおかつ送受信に優れた鏡の魔法との相性の良さによるものだ。
「鏡の魔法を使って、私達のとは別の世界の友達と話してるんだって? それってどういう感じなの?」
生前、私は彼女の魔法についてそう訊ねてみたことがある。
『魔法がちょっとも使えない世界の話を聞かせてもらえるって、なかなか面白いわよ。全てにおいて個人の努力と工夫で生きなければならないんだもの。そのおかげなのか、科学力に関してはこちらより少し進んでいるみたいね。それに、ワタシ達の世界とほとんど同じ世界なのに、ちょっとずつ何かが違うみたいなのよね』
例えば、たった今マルベックがいる「青レンガ倉庫」は、彼女のコンタクトをとる別の世界では「赤レンガ倉庫」なのだという。しかし、開催されているお酒の祭典の内容自体はこちらとほぼ同じだというから不思議だ。
『それで、ワタシに用事ってなんなのかしら』
「実はさあ、そっちでまだ生きてる、私の親が大変なことになっちゃって」
『大変なこと?』
ウグが死んで一年間、仲睦まじく追悼の日々を過ごしていたはずの両親だったのだが……ふたりの歯車は少しずつ違えていき、ついには外れてしまった。もはや熟年離婚の危機にさえ到達しているのではないだろうか。
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