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当然ながらひとり娘である私に先立たれた両親は悲しみのどん底に落ちたのだが、その直後に老衰が始まったウグの介護に一生懸命になったのが良い作用をもたらしていた。世話に手いっぱいになったことが、逆に悲しみを紛らわせてくれたのだ。
父は昔気質の頑固者。娘である私にはそれなりの父であったが、母に対しては厳しめの夫だった。そんな父ですらウグの愛らしさにはメロメロで、暇さえあれば抱っこするし、外出嫌いにも関わらずウグのためなら積極的に散歩に連れて行ってやっていた。
母は私が独立するまでは育児に、独立後はウグの世話が生きがいで、それ以外の生活の不満を無意識に発散していた。
夫婦そろって、人付き合いはそんなにしない私生活だった。お互いに勤め人だった頃は気付かなかったが、定年退職してからは一気に社会から孤立傾向になった。
愛犬であるウグの存在は夫婦の鎹(かすがい)のようなもので、失った直後は追悼であったり、お互いに悲しみを慰め合ってきた。ウグを喪って、一年。さすがに喪失の悲しみも薄れ始め、結果的に夫婦の鎹が失われてしまったのかもしれない。めっきり会話は少なくなるし、父が口を開けば母への厳しい言動。母は黙って耐える傾向にあり、しかもそれを気安く相談する相手もいないのだった。
確かに、娘の目から見ても、両親の夫婦関係に疑問を抱く機会はなきにしもあらず。父の母に対する言動の厳しさに、こんなしんどい夫婦関係なら結婚なんてしなくとも良いかな。なーんて思ったものだが、結婚適齢期になるより以前に不摂生で死んだ私なのだから実に滑稽な皮算用なのであった。
「そういうわけで、雲の上で暇してることだし、私は考えたのです。あなたの鏡の魔法を通して、私の魔法でウグの霊魂を両親の元へ飛ばし、殺伐とした両親にウグのいた頃の幸せな夫婦関係を取り戻してもらいたいと!」
『へぇ……まあ、それは構わないけど。ワタシにとっては知らぬ人達とはいえ、何とかしてあげられるのなら少しくらいは手を貸してあげても』
鏡の魔女はいたって親切な人柄で、私と違って人助けのために魔法で尽力することに頓着も出し惜しみもしない。別に見返りもなく、私の頼みを聞き入れてくれた。そういう人だと知っているから私も遠慮なく呼びかけることが出来たのだ。
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